清想空

若里清によるオリジナル小説サイト

©2024 Sei Wakasato All Rights Reserved.
無断転載等のことはしないでください。

open05.04.12
もう一度会えたら、その後に 第16話
そしていよいよやってきた約束の土曜日。
光琉は川田の部屋で全身を緊張で強張らせていた。
「それで、話って?」
コーヒーカップを光琉の前に置いた川田が、テーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろしながら聞いてくる。
「え、と」
答えようとして口を開いたのに後に続ける言葉が出てこなくて、光琉は思わず視線をさ迷わせてしまった。
どうしよう……。
一度素直に自分の気持ちを話そうと思っていたものの、いざその場になってみるとどう切り出せばいいのかわからなくなる。折角川田が話しやすいように水を向けてくれたというのに。
これじゃ駄目だ。とにかく、言おうと思ってたことを言わないと駄目だ。言え。言うんだっ。
「あ、のっ」
思い切って口を開いた瞬間、光琉の頭の中は真っ白になった。
――あれ、俺、何言おうと思ってたんだっけ。あれ? え? ええええっ。
何を言おうとしていたのか思い出せない。本当の本気で思い出せず、突然の事態に光琉は混乱した。
ど、ど、どうしよう! なんだっけっ? 何言おうと思ってたんだっけ? おおお、思い出せっ。思い出せよっ、俺―っ。
必死で考えている間も注がれる川田の視線にさらに焦りが募る。そして気が付けばうっかり口が滑っていた。
「寂しいからっ、側にいてほしいんだけどっ」
……えっ?
情けなくひっくり返った自分の声で我に返っても遅い。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている川田を見て、一気に冷や汗が噴き出した。
間違えたー!
こんな風に伝えるつもりなど毛頭なかったのに、言ってしまった。
ど、どうしようっ。やっちゃった……。だからっ、なんでっ、こういうシチュエーションに弱いのかなー!
いくら自分を責めたところで時間を巻き戻すことも、口から出てしまった言葉を回収することもできない。
ていうか、今の、めちゃくちゃ恥ずかしいだろ。
今更ながら自分の発言の恥ずかしさに気が付いて、今度は顔が燃えるように熱くなる。
もう逃げたい……。
正面の川田がカップを手にしたまま固まっているから、余計にいたたまれない気持ちになる。このまま脱走してしまいのは山々だったがそうもいかず、光琉は慌てて手を突き出した。
「あああ、あの、えっとっ、ごめんっ。そうじゃなくてっ」
「うん?」
とてもではないけれど川田の顔を見ていられなくて、光琉はテーブルにぶつけそうな勢いで顔を下げた。ようやく思考が戻ったのか、促すように言った川田がテーブルにカップを置く。
光琉は大きく息を吸って手を下ろした。
「……ちょっと、順番間違えた」
「うん」
川田の頷く気配に安堵して、それから光琉は慎重に言葉を選び始めた。
「えっと、一番最初のときに川田とのことは考えさせてほしいって、言ったんだけど」
「そういえばそうだっけ」
川田の軽い返事に、やっぱりこの間のことを怒っているのだろうかと少し不安になる。けれどそれ以上は何も言わなかったので、光琉は一番重要な部分から切り出した。
「その結論は、保留にさせてほしい、です」
声が震えてしまったものの、なんとか言葉にできた。これが今の自分の気持ちを見つめ直した末の結論だ。
「……えーっと、それはどういうことかな」
返ってきた少し硬い響きの声に、光琉は慌てて言葉を足した。
「あ、いや、ちゃんと説明するからっ。だから、まずはそれを聞いてほしい」
「わかった」
考えてみれば川田と落ち着いて、こうした話をするのは初めてかもしれない。たいていの場合、光琉は川田の勢いに流されて、主体性を欠いていた。
「これでも、ずっと、川田とのことは考えてた。考えて、考えて、でもやっぱり俺にはよくわからなかった。昔から川田は、なんていうか、憧れの人みたいな感じでさ。だから一緒にいるのが信じられないような、そんな気持ちもどこかにはあったんだ」
「……そうなの?」
「うん」
不思議そうに聞かれたので素直に頷く。
「なんかちょっと、嬉しくて舞い上がってた部分もあった。なのに川田にああいうことされて、正直、あんまり会いたくないなって、思うようになった」
「あー、そうだよね。村野、普段は何考えてるかあんまりわからないのに、意外とそういうとこはわかりやすかった」
どうやら気付かれていたらしい。けれどそれも当然かもしれない。なるべく露骨にならないようにしていても、あれだけ誘いを断れれば気付いてもおかしくない。むしろ普通は気付く。
「でも、川田のことを、嫌いになったわけじゃない」
「そうか」
「うん。それに最近は、……一緒にいるのも結構楽しかったし、う、嬉しかった」
「ふうん」
さらりとした気のない風の返事に一瞬目が泳いだ。けれど逃げたいと思う自分をねじ伏せて光琉は言葉を続けた。
「いろいろごちゃ混ぜでうまく言えないんだけど」
正座をした脚の上に置いた手が震える。自分の本心をさらけ出すのはとても怖かった。
「あの日以来、川田から連絡が来なくなって不安になった。いや、あの、あれはたしかに俺がやらかしたんだけど。でも会えなくなったのは少し寂しかった」
それでもやっぱり同窓会の後に川田にされたことをもう一度したいとは思えないし、あれを好きだとは思えない。川田に会えばどうしてもそういう性的な触れ合いが付いて回るから、そういう意味では会いたくない。
でも会わなければ会わないで落ち着かない。
川田のことは嫌いじゃない。だからと言って川田が光琉を思うような意味で好きかと自問自答しても、答えは『よくわからない』ままだ。
「だから結論を出すのは、もう少し待ってほしいんだけど……。だめ、かな」
震える手を見つめながら矛盾だらけの気持ちを素直に打ち明けた光琉は、最後に川田に問いかけた。光琉なりにきちんと考えた上での話だったけれど、果たして川田はこれをどう受け止めるのだろうか。どういう答えが返ってくるのか。
二人の間に落ちた沈黙にひやりとしながら、返答を待った。
「一つ確認なんだけど、今の話は本当?」
しばらくしてから川田が少し考えるような声音で確認してきた。
そうやって改めて確認されると不安になる。何かまずいことを言ってしまったかと思いながら、光琉はぎくしゃくと首を縦に振った。
とりあえず嘘はついていない。純度百パーセント、混じりけなしの本音だ。
「そっかあ」
川田がほっとしたようにこぼした。それまで張っていた気を解いたような雰囲気の声だった。少なくとも光琉が覚悟していたような、冷たい反応ではない。
そのことに安心してそろりと顔を上げると、そこには嬉しそうな笑みを浮かべた川田の顔があった。
「村野」
「はいっ」
いつものどこか怖い笑顔とは違う、裏のなさそうな笑顔に思わず目が釘付けになった。そのせいで無駄に大きな声を出してしまい、そんな光琉の様子に川田が小さく笑い声をもらす。
「とりあえず話はわかった」
そう言った川田が立ち上がってテーブルを回ってくる。そうして拳一つ分をあけた距離に腰を下ろした。
「川田?」
なんだと思っているうちに脚の上の手を握られて、丸めていた指を開くように促される。
「つまり、俺とするのが嫌じゃなくなれば問題ないってことだよね」
「……うん?」
何かおかしいことを言われた気がするのに、持ち上げられた指先にキスをされて思考が停止した。
上目使いに視線を合わせられる。その口元が不敵に笑っているのがわかって、咄嗟に身を引こうとしたが遅かった。
川田が猫のようなしなやかな動きで身を伸ばしたと思ったら、次の瞬間には川田の顔が眼前にあった。いつの間にか掴まれているのが手首に変わっていて、肩をもう片方の手で押されて光琉は後ろへと肘を突く格好で倒れた。
「おわっ」
「俺に会いたくないのがそういう理由だったら、村野が俺とのセックスを好きになれば万事オッケーってことだよね」
いや違う。全然違う。
首を勢いよく横に振るものの、川田はそんな抗議は毛ほども気にしない。
「ちょっと待てっ。なんか話が違うっ」
「違わないよ」
慌てて川田の肩を押しても二人の距離は空くどころかさらに詰まった。川田が力押しでのしかかってくる。
「村野は俺のことちゃんと好きだと思うよ?」
「は……、え?」
大真面目な顔で断定されて思わず呆けてしまった。一体何を根拠にそんなことを言っているのか。
まじまじと川田を見つめたものの、勿論そこに答えを見つけることはできない。そうしている間にも川田の顔が近付いてきて、ふわりと唇を重ねてすぐに離れていった。
「だから俺、頑張るね」
何を。
怖くて聞けないでいるうちに川田の顔が再び近付いてくる。
たぶん、逃げようと思えば逃げられたはずだ。けれど光琉はそうしなかった。
触れては離れるキスを繰り返され、その感触が身になじんでいることに気付く。これまでの付き合いの中で、不覚にも川田のキスに慣らされていたらしい。
「なんだかんだ言って村野ってキスが好きだよね」
自然と口付けを受け入れていた光琉は川田の少しからかうような言葉に、いつの間にか閉じていた目を開いた。自分の無意識の行動に思わず目を瞬いて、それから急いで口元を手で覆った。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
もうとっくに川田の存在を受け入れていたと言ったも同然の反応だ。期せずして自分でもよくわかっていなかった気持ちを暴露する形になってしまった。
笑みを深くした川田もそれに気が付いているのだろう。
「うう……」
「手、どけて」
口を塞いでいた手をそっと取られて再び口付けられる。今度は唇を舐められ、合間から舌が侵入してくる。
「ん……っ」
ぬるぬるしているのにざらりとした舌にまといつかれて、その慣れない感触に光琉は呻いた。嫌悪とは違う、けれど背中がぞわりとするような感覚に襲われて、身体が勝手に逃げようとする。それを許さない川田の手が反動で反った腰に添えられて、より一層身体が密着した。
「んんっ」
抵抗できない状態で思う存分口の中を舐められ、途中で何度か口が離れたもののうまく呼吸ができなくて苦しくなる。
「ちょっ、くる、しい」
鼻で呼吸すればいいと知っているが、知識があるからと言ってそれを実践できるとは限らない。
当然、光琉はできない方だ。そもそもキスの経験自体が少ないし、キスされる側というのも川田相手が初めてなのだから仕方がない。