清想空

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open05.04.12
もう一度会えたら、その後に 第14話
「あ、もしニカさんが目の毒なんだったら、もう一人別のやつが今日来てるから、そっちにするか?」
「いや、待ってって。ていうかその話はいいって。俺には関係ない話だよ」
「別に恥ずかしい話でもないんだから、正直になったらどうだよ」
「いや、俺は充分正直だよっ」
つい勢いで返してから息をついた。熱くなってしまっていた頭に冷静さが戻ってくる。
「とにかく、その話はいいから」
「そうか?」
「そうだ」
「そうか」
いつもの竜琉ならもう一押ししてきてもいいところだったが、今回はここであっさりと引いた。光琉にしてみればありがたいが、同時に何か裏でもあるのかと思ってしまう。
いや、さすがに考え過ぎか……。
先日の川田とのこともあって少し過敏になっているのかもしれない。光琉は意識的に大きく息を吐き出して気分を落ち着けた。
「大体、兄貴はなんでそんなに俺に『ニカさん』を紹介したがるわけ」
「ん? そりゃまあ、身近な人には幸せになってもらいたいもんだろ」
「……話の繋がりがよくわかんないんだけど」
話の矛先が逸らされた気がするが、竜琉は構わずそのまま続けた。
「俺としてはさ。誰かを好きになるってことは素晴らしいことだと思うわけだ。相手が異性だろうが同性だろうが関係なく、愛を知っている人間はそれを知らない人間に優ると考える」
「……」
「それでもって好きになった相手に、同じように好きになってもらえるってのは、非常に幸せなことだとも思う」
それは、そうかもしれない。
「これは俺の個人的な考えだけどな」
そう言って一度言葉を切った竜琉は視線を窓の外に移した。
「誰を好きになっても、堂々としてればいいんだ。恥ずかしいことなんて何もない」
言い切る竜琉の、窓の外に向けられた目には一体何が映っているのだろうか。
「と、いうのが俺の持論だな。だからお前も誰かを好きになったのなら、それを恥ずかしく思うことはないし、相手にも思われているようなら喜べばいい。相手が男だろうが女だろうが、そんなことは俺にはどうでもいい」
「……」
「そんで、もし相手が男だってことで思い切れないっていうなら、そういうこと引っくるめて理解してる人を紹介してやるのが、筋ってものだろ? 幸せになれるかもしれないんだ。そのチャンスをみすみす逃すことはない。そういうことだ」
ようやく光琉の問いへの答えが返ってきた。
こういうときにはいつも疑問に思うのだが、竜琉は普段からこんなことを考えているのだろうか。
考え方が泰然としているというのか、おおらかというのか、視野が広いというのか。何に対しても大きく構えて受け止めようとする姿勢が生み出すのであろうその思考は、光琉のそれとはかけ離れていて、時々理解が追いつかない。
たまに、頭が良すぎると他の人が考えもしないことを考えてしまうものなのかな、と思うことがある。でもとりあえず、今の竜琉の言葉は理解できた。
「……まあ、言いたいことはわかったけど」
腑に落ちないのは、話の根底に『光琉が男を好きになって、相手の男からも好かれている』というのが置かれている点だ。
「なんで俺の相手が男だってことになってるんだよ」
「だってそうなんだろ? 別に隠すことでもないだろう」
ごく当たり前のように返されて、否定するのも面倒臭くなった。どうせ違うと主張したところで竜琉は自分の意見を曲げたりはしないだろう。
「……………………まあ、違わないけど」
「だろう」
それでも竜琉の顔を見てきっぱりと認めることは、とてもではないができなくて、顔を背けてぽつりと呟くようにして答えた。それに対する竜琉の返答は短かった。
これでこの話題が終わるかと思いきや、先程までの真剣な様子から打って変わって、竜琉が身を乗り出してきた。
「で、相手はどんなやつなんだ?」
「へ?」
突然の問いに頭がついていけない。
そんな光琉を見た竜琉が、興味津々という顔でもう一度問いかけてくる。
「だから、お前の相手だよ。ちゃんとしたやつなんだろうな」
「は? いや、なんでそんな話になるんだよ」
「なんでって、大事な弟の初めての彼氏なら、気になってしかたないのは当たり前だろう」
「全っ然、当たり前じゃないよ! 大体兄貴には関係ないことだろ」
問いの意味をようやく理解した光琉は思わず目を剥いた。
まったく何を言い出すのか。自分の兄ながら本当に考えが読めない男だ。
「関係なくないだろ。これでもいろいろと心配してるんだ。お前、気が弱いとこあるし、……まさか騙されたりしてないだろうな」
思いがけない確認に、うっかり返答が乱れた。
「騙されては……ない、けど」
「なんだ今の間は。何か思い当たる節でもあるのか」
「ないないないっ。全然ない! 騙されてなんかないよ。昔から知ってるやつだし、そういうことするやつじゃない」
川田との関係の始まりは騙し討ちに近かったのでつい答えに詰まってしまったが、別に騙されている訳ではない。……ないはずだ。
「ふむ。じゃあどんなやつなのか、概略でいいから話してみろ。今日はそれで許してやる。もし話さないなら、このまま二次会まで強制連行するからな」
「ええ? なんか兄貴いつもと性格違わない?」
「そんなことないぞ。たまたま光琉が俺のこういう面を見る機会がなかっただけだ」
そうなのか?
真偽の程は定かではないが、この兄のことだ。やると言ったら必ず完遂しそうで、それが怖くて、光琉は仕方なく頷いた。
「勘違いしないでほしいんだけど、別にまだ好きとかそういうんじゃなくて」
誤解のないように一応前置きだけはしておく。実際、そこのところはいまだによくわからないでいる。
「相手は高校のときのクラスメートで、クラスの人気者だったやつ」
「なんだ、じゃあずっと付き合いがあったのか」
「いや、元々友達ってほど仲が良かった訳じゃなかったから、高校を卒業してからは会ってすらいなかったんだけど」
「へえ、ならなんで今、付き合いがあるんだ?」
不思議そうな問いはもっともだ。光琉でさえ、たまに不思議になる。
「いや、それが、去年の同窓会でたまたま会って、それで」
口にしてみて、本当は『たまたま』ではなかったのだと思い出す。同窓会での再会からして川田の計略だった。光琉はそうとも知らずまんまとその罠にかかった挙句、そのまま拉致され、いいようにされてしまったのだ。
いくらなんでもそれをそのまま言うわけにもいかず、言葉を探していると竜琉が促してくる。
「それで?」
「それで、その、なんていうか。も、猛烈な、アプローチを、受けて、います……」
こんなおこがましいことを平常心で言うことなどとてもできず、俯いて発した言葉の最後は囁くような声になってしまった。それでもきちんと聞こえてたらしい竜琉は感心するような声をあげている。
「おお、やるなあ。ん? でも会うのはそれこそ十年振りくらいだったんだろ。それなのに、いきなりそんなアプローチをしてきたのか」
「それがなんか、ずっと俺のこと忘れられなかったとか言ってて」
「へえ」
言わなくてもいいことまで話してしまったと気付いたのは、下から見上げてきた竜琉と目が合ったときだった。
「あっ」
墓穴を掘った。
あまりの恥ずかしさに光琉の顔は真っ赤になった。
竜琉はそんな光琉をにやにやと眺めている。非常にいたたまれない。
「も、もういいだろっ。充分、概略話したし!」
「え? そうか? まだ少ししか聞いてないぞ。そうだなあ、せめてどんなアプローチを受けてるのか聞きたいなあ」
「誰が言うか!」
完全にからかわれている。
くそっ。もう絶対、話さない……っ。
これ以上誘導にのってたまるかと切って捨てても、竜琉は楽しそうに笑っている。
「いいじゃないか。聞くだけなんだから」
「よくない!」
「というかお前、なんつーか、すれてねぇなぁ。こんなんで赤くなるようじゃまだまだだな」
「ほっとけよっ」
経験の少なさを揶揄された光琉が返したとき、背後から唐突に声がかけられた。
「ちょっとー、いい加減にしてよ。いつまで兄弟で楽しく話してるつもりなの」
「麻子さん」
振り向いた先では、披露宴で身に付けていたドレスよりも裾の短いものに着替えた麻子が仁王立ちしていた。腕を組んでいる様子は、どう考えても今来たばかりというようには見えない。
……いつからいた?
話の内容が内容だっただけに、麻子に聞かれたのかと背筋が寒くなった。竜琉も光琉も部屋の入口に背を向ける形で話していたので、いつ麻子が入ってきたのかわからない。
何か、聞かれたのだろうか。
そんな心配をする光琉をよそに、竜琉は鷹揚に片手を挙げてみせる。
「おう、麻子。なんだ、いつからいたんだ」
「けっこう前。なんだか誰かさんが恥ずかしいことを語ってるあたりは聞いたね。ちゃんとノックしたんだけど、なんか盛り上がってて気付かなかったみたいだから、勝手に入った。そうしたらなんか面白そうな話してたんで、後ろで拝聴させてもらいました」
「え……」
無意識に光琉の口から小さな呟きがこぼれた。
誰かさんが語っていたということは、少なくとも光琉の相手が男だとか高校時代のクラスメートだとか、そこら辺は間違いなく聞かれていたということだ。
麻子さんに聞かれた……。
そう思った瞬間、汗腺という汗腺が開いたのではないかというくらい、どっと汗が噴き出した。兄嫁にあんな話を聞かれるなんて、タイミングが悪すぎる。
「まったく、もう時間なんだから行くよ。いつまで光琉くんからかってんの。かわいそうだからやめなさいよ」
「なんだよ。俺は光琉の相談にのってやっただけだって」
「相談の押し売りの間違いでしょ。ほらほら立って」
あっさりと竜琉を制した麻子は光琉に視線を寄越してきた。
「ごめんね。この人はもう連れていくから安心してね」
「あ、の」
あまりに普通に話しかけられたので、逆に驚いてしまった。
「ああ、そういえば光琉くんは二次会は参加しないんだよね?」
「あ、はい」
「じゃあ気をつけて帰ってね。今日はありがとう」
「いえ。あの、こちらこそ兄をよろしくお願いします」
つい普通の会話をしてしまってから、そうじゃないだろうと思い出す。このまま流してしまうと不安が残っていつまでも気にしてしまいそうで、光琉は自分から切り出した。