清想空

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open05.04.12
再会したら、その後は
一息ついて身を起こすと、安物のベッドがぎしりと軋んだ。それにつられるように隣で寝ていた男が小さく吐息をもらした。
川田慧<かわたけい>は眠っている男の顔に張りついている前髪をそっと払ってやった。どうやら目を覚ましたわけではないらしい。男の目は閉じられたまま、ぴくりとも動かない。
ぐったりと気を失うようにして眠りについた彼――村野光琉<むらのみつる>の泣き腫らした目元に触れて、川田はひっそりと口元に笑みを浮かべた。
村野と川田が出会ったのは高校二年のときだ。たまたま同じクラスになったのだが、物静かでおとなしめでちょっとだけクールそうで、一歩引いたようなクラスで浮いている存在の村野と川田では接点はなく、話をしたことはほとんどなかった。
初めてきちんと話をしたのは高二の秋の頃だった。体調が悪かったのか体育の授業を見学していた村野に川田の方から話しかけた。
村野はブレザー姿のまま体育館の空気と床に冷たさに震えているくせに、文句も言わずにじっとその状況に耐えていた。
まったくなにやってんだか。
初めは放っておいたものの次第に色を失って行くその顔を見かねて、川田は保健室に行ったらどうだと彼に声を掛けた。
何を言われたのかわからなかったのか、村野はきょとんとした表情で首を傾げるような仕草をした。村野はこのとき初めて、きちんとした理由があれば体育の授業時間中に保健室で休むことができるということを知ったらしい。
『なんだ、そうなんだ……』
呟いて呆けたような顔がおかしくて、川田は思わず笑ってしまった。高校に入ってすでに一年半も過ぎているのにそんなルールも知らなかったのかと、その天然ぼけっぷりが愉快だった。しかも、そんなに笑うなよ、と恥ずかしそうにしている顔も年相応の少年らしくて好ましかった。
なんだ、こいつも普通のやつじゃん。
思っていたような澄ましているやつではなくちゃんと同い年の少年だとわかって少し安心して、川田の中で村野に対する親近感が一気に膨らんだ。
その一件以来、なんとなく川田の目は村野を追いかけるようになった。そうするうちに人付き合いが苦手だとか、実は口下手だとか、そんなことがわかるようになってきて、そんな彼が不器用すぎてかわいく思えた。
今思えば、同級生にそんなことを感じるのもおかしいのだが、あのときはそんなちょっとした発見を妙に嬉しく思ったのだ。まるで自分だけが本当の村野を知っているような、そんな錯覚を覚えたのだと思う。
川田は機会を見つけては――もしかしたら自分でも気付かないうちにその機会を作っていたのかもしれない――、村野に話しかけるようになった。何度もそうしているうちに、ほんの少しずつ村野が打ち解けるのがわかった。態度が少しずつ柔らなくなり、笑顔が混じることも増えた。
そんな関係が川田には心地よかった。村野も川田には、他の人に対してよりも心を開いているような気がしていた。
でも結局、そんなささやか過ぎる繋がりも高校三年への進級でクラスが分かれてしまったときにぷつりと切れてしまった。話しかける機会も、そもそも顔を会わせる機会もほとんどなくなり、そのまま卒業を迎えた。二人は互いの進路も連絡先も知らないまま別れた。
大学進学後、川田は勉強に部活にバイトに精を出し、それなりに忙しく過ごした。その中で様々な経験をしたが、なぜかふとした瞬間に村野を思い出すことがあった。
いつも覚えているわけではない。それなのに、まるで心の隙を突くように村野のことを思い出す。恋人と一緒にいるときだったり、仲間と遊んでいるときだったり、場所も時間も様々だったが違和感を覚える瞬間が突然生じることがあった。
心に刺さった棘のように絶対に忘れられない。いつのまにか川田にとって村野はそんな存在になっていた。
高校生の頃二人の間にあった、他とは違った距離感を自分でも意識していないところで大切に思っていたのだと、川田は今頃になって気が付いた。
もし高校生の頃に気が付いていれば、卒業するときに何かしらの行動を起こしたのに。どうして気が付かなかったのかと、後からぼんやりと思っても今更どうにかなるものでもない。でもだからこそ、次に会ったら決して手放さない、チャンスを逃さないとずっと考えていた。
初めは押し付けられただけの面倒くさい同窓会の幹事を長々と続けてしまったのも、村野の連絡先を入手したかったからだし、彼の参加の可否をチェックするためだ。そうでもなければこんな仕事はさっさと他人に譲っていた。
すべて村野ともう一度繋がりを持ちたいという気持ちからだ。
――そして、ようやく村野はこの手に落ちてきた。
いや、村野は川田が仕掛けた罠にまんまとはまったのだ。酒に弱くても強くても、村野を酔い潰して持ち帰ることは初めからの計画だった。村野と仲の良かったやつらが同窓会に参加しないことはわかっていたし、同窓会は村野を自分のものにするには絶好の機会だった。
本当は正体不明の村野をいいことにホテルのベッドであれこれしてしまおうと考えていたのだが、残念なことに終電を逃した女二人がついてきてしまったせいでその計画は流れてしまった。それだけが唯一の計画外の出来事だったけれど、それでも結果オーライというものだ。
抵抗する村野を引き摺るようにして部屋に連れ込んで、好き勝手なことをした。嫌がる村野に快楽を与えるのは楽しかった。村野を泣かせて喜んだ。
もっと色んな顔が見たい。
そんな風に思う自分に笑みがこぼれる。こんな執着心が自分の中にあるとは知らなかった。
「かわいそうな村野」
赤くなった目元が痛々しいのに、川田の心は満ち足りていた。泣きじゃくる村野がかわいすぎてうんと苛めてしまった。その分、村野にはあまり手加減はできなかったけれど、川田はこの結果に満足している。
起きたとき、どんな顔するのかな。
悪趣味だと言われそうだが、そんなことを考えるだけで楽しくなる。困ったような顔でもいいし、泣きそうな顔でもいい。どんな顔でも、それが自分のせいならそれで満足だ。でもできれば村野の笑顔を見たい。
そういえば、昨日の同窓会では緊張していたのか、笑顔が見られなかったことを思い出す。しばらくしたら慣れてきたのか、肩の力を幾分抜くことはできたようだったが、相変わらず人の多いところは苦手らしい。
そんなことを知っているのが、彼の友人以外では自分だけだと思うと、いまだに優越感にも似たような気持ちがこみ上げてくる。
もう、放さないよ? どんなに嫌がっても。
心の中で宣言した川田はさらりとした指通りの良い村野の髪の毛をもう一度だけ梳いた。その感触に導かれるように村野の瞼が震える。
さて、目を覚ました彼はどんな顔をするのだろうか。
「……ん」
「おはよう、村野」
ゆっくりと目を開く村野に川田は甘い声で話しかけた。