清想空

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open05.04.12
その瞳に映る人 第5話
濡れそぼったものが糸を引いて出て行くのを目の当たりにした二科は、ぶるりと身体を震わせて、そこで自分の性器が萎えていないことに気が付いた。とろとろと精液を中途半端に垂れ流しているそれはまだびくびくと震えながら勃っている。
「うそ……」
あれだけ感じて、絶頂感を覚えたのに達していないなんて。
「なんだ、もしかして出さないでいったのは初めてか」
「は、じめて」
後ろだけで射精に導かれることはあっても、ドライオーガズムを体験したのは初めてだった。まさか、腰の奥に精液を掛けられてその感触でいってしまうとは思わず、二科の頬が赤く染まる。
「ほらな、生はいいだろう」
「……っ」
いけしゃあしゃあと言う落に何か言ってやりたいと思うのに、自分の痴態を思い出せば何も言えなくなって、二科は拗ねた子供のようにそっぽを向いて答えた。
「あっ、ちょ……」
そんな二科の様子に笑いをもらした落が一度は下ろした二科の脚を片方だけ担ぎ上げる。空いた手が二科の性器に手を伸ばされて、二科はうろたえた。もう一度突き込まれるのは、敏感になりすぎた身体には毒だった。
さすがにもう無理。
「なに……?」
「そんなに煽るような顔をするな。かき出すついでにいかせてやるだけだ」
「……やっ、あっ」
二科の不安そうな顔がおかしかったのか、落は軽く笑い飛ばして指を突き込んできた。逆らう余地もないそれに、二科は身体の力を極力抜くように深呼吸を繰り返す。
「あ、う、ん……」
長い指が二科の中をかき混ぜるように蠢くと、腰が勝手に動いてまるで男のものを銜えているような形になってしまい、余計に羞恥心を煽る。
スキンなしで入れられたのは今日が初めてだ。だから中に出された精液をかき出されるような恥ずかしいことをされるのも、二科の人生で初めてのことだった。
もう自分がどうすればいいのかもわからず、強がることも落へ文句を言うこともできない。ひたすら落に与えられる刺激に揺られるしかない。
「ん、は、んやぁ……ふ……」
初めは恥ずかしさを耐えていた二科だったが、中からどろりとした液体がかき出されるのを感じると、その感触に一度は止まった涙がまた目を覆いだす。むずがるような仕草を見せる二科に落は性器を強めに擦りだした。
「あっ、あっ、も、やあ」
「ふ、そうしてると、あんたかわいいな」
「うる、さい……」
「はは、そうでなくちゃ、な」
ようやく憎まれ口の出てきた二科に落も少し安心したのか、中を擦る指を強くする。それが中に出されたものをかき出す動きなのか、二科を感じさせるものなのかはわからない。けれど、数度突かれただけで、そんなことはどうでもよくなってしまった。
「ほら、いけよ」
「ああああっ」
促されるように性器の先端を強く扱かれて、二科の身体から渦を巻いていた熱が放出された。びくんびくんと身体が跳ねて、すぐに脱力する。
もう何も考えたくなかった。身体が本格的な休息を欲しがっていて、ベッドに沈み込んだまま身じろぎもできない。
「はあ……はあ……」
「よく出したな」
立て続けの快楽に疲れて瞳を閉じた二科は、揶揄する落に答えることもできずにゆるゆると眠りへと引き込まれていった。
 
 
 
目を醒ましたのは夜半頃だった。
明かりを絞られた暗がりの中、ベッドヘッドの時計を見れば午前零時を回ったところだ。四時間近く眠っていたことになる。
落が風呂から出てきた音で一度目を醒まして二言三言交わしたのは覚えているが、二科はすぐにまた眠りに落ちたようだった。もう帰ると言っていた通り、落はあの後さっさと帰っていったようで人がいた気配はもう残っていない。
『その感じじゃ動けないだろう。あんたはここで寝てけ。部屋は朝までとってあるから安心していい』
『おまえは……』
『俺は帰る。あんただって俺がいない方がいいだろう』
『そうだね』
まったくもってその通りだと素っ気なく答えた二科ではあったけれど、強引で傲慢な男にしてはいい気の遣い方だと思った。
どうせならもっと気を遣って、ダブルじゃなくてツインの部屋を取ってくれればよかった。そうすればくしゃくしゃに乱れて汚れているシーツに寝なくて済んだのに。
汗や、二科と落の放ったもので、シーツは相当なことになっていたはずだ。とくに二科の中からかき出したものは直接滴り落ちたはずで、そこにそのまま横たわっていたと思うと、さすがに情事に慣れている二科でも少し気持ち悪い。
「あ……」
そんなことを思いながら起き上がった二科は、そこでようやく自分の肌がべたついていないことに気が付いた。まだ少し動きの重い身体を退かしてみれば、シーツは皺にはなっているけれど何かがこびりついたような形跡もない。
あいつが拭いたのか。
落がきちんと染みにならないようにしていた。しかも眠っている二科の身体を清めたのだと思えば、恥ずかしさに二科の頬が染まる。
求められた後に動けなくなった無防備な身体をケアしてもらうなど、男に抱かれ始めた頃以来、実に十年以上ぶりのことだ。しかも今日のような激しさを伴った情交も数年ぶりのことだった。
揚句の果てにあれだけ嫌がったのに、最後は自ら求めて中に射精された。
そんな自分の乱れっぷりに穴があったら入ってしまいたい心地だ。おまけに『てめえ』やら『くそっ』やら普段は使わない言葉が飛び出すほど口汚かった自分に気分が沈む。
まったくどうしてこうなってしまったのか。今日はあまりにイレギュラーなことが起きすぎた。
すでに起きてしまった事態に半ば諦めの息をつきながら、二科はベッドから抜け出した。下着まできがちんと椅子に置いてあるあたりが小憎らしいが、ぐちゃぐちゃになっているよりは格段にましだろう。
何となく面白くない気分のまま衣服を身に付けて、恥ずかしくない程度にベッドを整える。
落は朝までいていいと言っていたが、そのつもりはなかった。
本格的に休んだことで身体はある程度回復したようで、どうしようもない疲労感は消えていたし、多少身体が軋むような違和感とだるさはあるが動けないほどではない。この調子なら今からでも家に帰ってゆっくりと休んだ方が心も安らぐだろう。
でも明日になったら少し痛みが出るかもしれないなと心配してしまうのは、二科も自分の身体が二十代の頃と同じようにはいかないと知っているからだ。抱かれる回数にしても年齢に反比例するように減少していた。
三十も半ばを過ぎれば抱いてくれる相手も減っていく。しかも二科も精神的にもうがっついていない。穏やかで優しい交わりを月に数回持てばその残り香で十分に満足できる。
その中で今日の落との行為となれば、身体に負担がかかるのは当然のことだった。勿論、二科自身が望んでのことではなかったけれど。
どこにやったのか自分でも覚えていなかったがきちんと椅子の脇に置かれていた鞄を手に取り、最後に念のために洗面所で鏡を覗き込んで、どこかおかしいところがないかチェックする。
顔を洗っても泣いたような雰囲気だけは隠せないが、目の赤みは大分引いている。けだるさも見え隠れしているが、これなら大丈夫だろう。後は家に帰るだけで誰かとじっくり会うわけでもない。
他も大丈夫かとワイシャツの襟の辺りを特にしっかりチェックするのはいつもの癖だ。気付かない間に跡を付けられていることがあるので、襟から出るところにないかじっと見ることがもう習慣になってしまっている。
こっちも大丈夫か。
思わずほっと息をつく。落は乱暴な行為に見合わず、案外常識的だったらしい。少なくとも人に見られるところに跡はつけなかったようだ。
そのことに安堵して、襟をつまみ持っていた手を離そうとしたところでぎくりとした。
いつも肌身離さず付けているネックレスがない。
なんで、どうして。
慌てて首の周りをいくら触っても、あるべきはずのものの感触はなく、心臓が痛いくらいに鳴り始める。つられるように指が震え出した。
いつの間に外れたのかと二科は忙しなく記憶を遡り、はっとなった。急いでベッド脇へと戻る。
『あんたの大好きな兄さんからのプレゼントってわけか』
そう言って落はネックレスを外してベッドから放り投げたのだ。落との性交が衝撃的過ぎて忘れていた自分が恨めしい。
どうかあってくれと、部屋を明るくして毛足の長くない絨毯に目をこらす。けれどどんなに見ても、触っても、求めていたものはそこになかった。
「くそっ」
はらわたが煮えくり返りそうだ。
部屋にないということは、落が持ち帰ったに違いない。
二科の大事なものを手中に握られたままという状況はひどく心地が悪いし、落に逆らえなくなるという最低の状況になる。
頭のいいやつほど効果的な方法を実行する。
実に嫌な男だと、二科は何度目になるかわからない口汚い言葉を吐き出した。
「あいつ、いつか絞める」