清想空

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open05.04.12
余談 あの後2
五年ぶりに東京へ戻ってきてから半年余り。
大学の先輩である村野竜琉の結婚披露宴に招待された滝崎秀一は、受付の手前で思い掛けず見知った人物を見付けて声をかけた。
「二科さん!」
「秀一くん」
大学時代に村野を通して知り合った二科紗だ。どうやら二科も招待されていたらしい。
振り向いた二科が秀一の姿を認めて目元を綻ばせる。相変わらずの美貌に、慣れていても一瞬くらりとしそうになる。
いや、もう、本当にこの人は変わらないな。
三十も半ばを過ぎているのに人を惑わせる力はいまだに衰えていない。直接会うのはやはりほぼ半年ぶりなのだが、いつ見ても二科に対して覚える印象は変わらない。
言い方は悪いが、二科には魔性という言葉が似合う。
「お久しぶりです。元気でしたか」
「まあ、……うん、ほどほどに、かな」
「何かあったんですか?」
苦笑しながら煮え切らない答えを口にした二科に疑問を抱いたものの、会場の人に早く受付を済ませるように声をかけられてしまった。披露宴の開始時間も近い。今詳しい話を聞くことはできなそうになかった。
「そうだ、二科さんは二次会って出ます?」
「一応出ることになってるけど」
「なら、二次会の後って時間ありますか。あればゆっくり話しませんか。ここのところ全然話せてないですし」
「いいよ、大丈夫」
「じゃあまた後で」
ためらうことなく頷いた二科に手を振って別れた。
秀一の席は大学の友人関係のテーブルにあって、既にゼミの先輩など顔見知りが数人着席していた。年に一度のゼミの集まりで会うメンツに挨拶をして、隣の席の人に一声かけてから席に着く。
「失礼します」
「ああ、どうぞ」
答えたのは随分とあくの強い顔をした男だった。顔は整っているのだが、綺麗というよりは野性味が強い感じだ。
あー、そういえばこんな感じの人が村野さんとよく一緒にいたような気がするな。
交友関係の広い村野にしても随分と珍しい友人がいるな、と思った記憶がうっすらと蘇る。披露宴に呼ばれるくらいなので今でもそれなりに付き合いがあるのだろう。
席に置かれているネームプレートには落真晴と書かれている。
ゼミの先輩ともそこそこ親しげに話をしているところを見ると、やはり村野と同学年なのだろう。秀一からすると一学年上の先輩にあたる。
腰を落ち着けて辺りを見回すとさっき別れた二科は隣のテーブルらしく、席に着くときに目が合って軽く微笑まれた。
披露宴は盛り上がりながらもどこかこざっぱりとした雰囲気でまとめられて、長引くこともなくあっさりと終わった。
式の終盤から薄暗くなっていた会場が明るくなり、披露宴終了のアナウンスが流れる。
「いい式だったな」
「なんつーか、あっさりしすぎて村野らしかったな」
「だな」
周囲のざわめきに混じって聞こえる先輩たちの感想に頷きながら席を立とうとして、視界に入ってきた二科の姿に秀一は思わず腰を抜かしそうになった。
「ん? どうした滝崎」
「いえ、ちょっと、足がもつれて。大丈夫なので先に行ってください」
「そうか?」
どうせ皆二次会に出るのですぐに会うことになる。秀一はごまかして先輩たちを先に行かせた。ありがたいことに彼らは秀一の視線の先にあるものには気付かなかったようだ。
ちょっと二科さん!
披露宴で酒を飲んだのか二科の顔が赤らんでいる。元が白いだけあってそれだけでも充分に人目を引くというのに、目が潤んでいるせいで妙な色気が立ちのぼっている。
これ、まずいんじゃないのか。
二科と同じテーブルにいる人たちの様子がなんとなくおかしい。たぶん二科のにおい立つような姿にあてられたのだろう。
このまま放っておいたら被害が拡大することは間違いない。妙な気になる人が出てきてしまうかもしれない。そうなったら一大事だ。
秀一は慌てて席を立った。椅子の下に入れておいた荷物と引き出物を取って、再度二科の方へ視線をやる。
「あれ……?」
けれどそのときには隣のテーブルに二科の姿はなかった。あたりを見回しても同じで、目を離した隙に会場から出たらしい。
念のため確認してみても荷物などはきちんと持って行っているので、自分の意志で出ていったのだろう。
さすがに正気を失うほど飲んだわけではないだろうし、大丈夫だろう。
そう思いつつも少しばかり不安な気持ちは残っていた。けれど三十分後、二次会の会場に現れた二科は少し顔が赤かったものの普通の状態だったので、秀一はひとまず安堵のため息をついた。
 
 
 
「二科さん、お疲れさまでした」
二次会が終わってすぐに声をかけると、二科は少し疲れたような顔をしていた。
「正直、こういう場は慣れないよね……」
そうこぼした二科は本当に気疲れしているようなのに、それすら何とも言えない色気として滲み出る。
本当に何をしても人を惑わせる人だ。変なのに捕まらないか、見ているこちらがはらはらする。
結局二次会でも秀一は先輩たちに捕まって同じテーブルにとどまっていたので、二科の側に行くことはできなかった。ただ、二科の方もなぜかバーカウンターで新婦の友人の女性陣に両脇をがっちり固められていたので、身動きを取れなかったのはお互い様だ。
「まあ、二科さんの方は両手に花どころじゃなかったですもんね」
「ああ……まあね」
少なくとも間違いが起こる可能性はないから秀一としては安心していられたが、二科には彼なりの苦労があったのだろう。
「じゃあ、俺、預けてる荷物取ってくるので、あそこらへんで待ち合わせでいいですか」
「わかった。僕も荷物を預けてるから取ってくるよ」
そう言って別れてもう一度合流したはいいものの、行き先を決める前に二科は落に連れられて行ってしまった。
ひとときだけ注がれた落の強い視線と二科を連れ去っていく強引さを見れば、あの二人の間にある関係が透けて見える。
……あれは大変そうだな。
元気にしていたかと問いかけた秀一に対して、二科が歯切れの悪い答えを寄越してきた理由がわかったような気がした。
でも二科さんも本気で嫌がってはいないようだし、大丈夫かな。
それに二科の相手をするというのも色々な意味で大変だろう。
それにしてもいつの間にそんな相手ができてたんだ。言ってくれればいいのに、二科さんも水臭いな。
今度改めて時間を取ってその件について追及しなければならないな、と考えながら秀一はホテルのロビーまで下りた。
披露宴が昼前からだったので二次会後と言ってもまだ早い時間だ。このまままっすぐ帰宅してもいいが、急に行久<ゆきひさ>に会いたくなった。たぶん、二科と落の姿を見たからだろう。
秀一は人の通りを邪魔しない場所に移動して、ジャケットのポケットからスマートフォンを取り出した。
「あ、もしもし、行久? あのさ――」
そして、長い長い片思いの果てに、ようやく思い通じ合わせることのできた恋人に電話をかけたのだった。