清想空

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open05.04.12
その後
光琉は軽快なメールの着信音に気が付いて、側に置いておいた携帯電話を持ち上げた。
二つ折りの携帯電話を開けてみれば、メールの差出人は麻子だ。
『久しぶり。元気にしてる? こちらは新居に移動してひと月経って、ようやく落ち着き始めたところです。ところで光琉くんの方は例の彼とはどうなったの?』
「……あー」
早速内容を確認した光琉は天井を仰ぎ見た。
そう言えば何の報告もしてなかったっけ。
こちらもあれから川田とのことで色々と変化があったので、すっかり忘れていた。
そりゃ、気になるよな……。
麻子とは竜琉の結婚式の日、二次会の前に話したのが最後だった。内容が内容だっただけに、その後が気になるのも当然だ。
光琉は視線を奥のキッチンに向けた。そこには食器を洗っている川田の姿がある。
意外にまめな男は、毎週とはいかなくても週末に光琉を自宅に招いては手料理を振る舞ってくれる。曰く、
『外食苦手なんだったら、うちで食べんのが一番いいだろ』
とのことだ。
普段は外食が多いと言っていた割に川田は料理がうまいので、ありがたく料理をいただかせてもらっている。光琉も食事はなるべく自分で作るようにしているので、この頃は材料を差し入れたり、作るのを手伝ったりもしている。
……勿論、川田の厚意には裏がある。
キッチンの川田の後姿をじっと見て、それから光琉は手にした携帯電話を操作した。
『お久しぶりです。ええと、なんというか、なるようになりました。ちょっと大変なところもありますが、それなりにうまくやってます。』
全体的に曖昧な書き方なのは仕方がない。なぜなら。
「ねえねえ村野、今日は立ったまましてみていい?」
「……」
キッチンから戻るなり川田が切り出した。
「あのさ、別にそこは、普通にするのでいいんじゃないか……」
「え、でも。村野が、どういうのがいいのか知っておきたいじゃん」
さらりと笑顔で言う川田が怖い。
……どういうわけか、川田はこちらの面についてとても研究熱心だった。
もしかすると以前光琉がこぼした、気持ちよくない発言を気にしているのかもしれないが、とにかく毎回何か新しいことに挑戦したがる。
「色々試して村野が好きなやつ知りたいし」
「あ、……そう」
……麻子さん。俺、早まったかもしれない。
そう思ったところで今更手遅れだ。それでも川田を選んだのは光琉自身で、その選択に後悔はない、はずなのだが。
その日も川田にいいように泣かされてへとへとになった光琉は、やっぱり早まったかもしれないと思ったのだった。