清想空

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open05.04.12
もう一度会えたら、そのときは 第1話
村野光琉<むらのみつる>は高校の同窓会の会場である半地下のワインバーのドアをそっと開いた。
ドアベルが控えめな重い音を立てるのと同時に、貸切になっているはずの店内から大きなざわめきが飛び出してくる。その音の大きさと人の多さに気圧されてこのままドアを閉めて帰ってしまいたくなった。けれどここまで来たのだからと迷いを抑え、勇気を振り絞って光琉はドアの内側へと身を滑り込ませた。
「いらっしゃいませ」
光琉の来店に気が付いた店員がすかさず声を掛けてくる。スマートな印象の店員にコートを預けて、光琉は目立たないように店の出口に近いカウンター席に腰を下ろした。
ちらりと背後に視線をやって様子をうかがうが、誰もそっと増えた光琉に気付いた様子はなく、そのことにほっと息を吐く。
誰にも見咎められないというのも落ち着かないが、誰かに見つかるのはそれ以上に落ち着かない気分になる。できればこのまま目立たずにさっさと用を済ませて帰りたかった。
どうしても人の目が気になるのでこういう場所は苦手だ。
自意識過剰だとわかっている。それでも周囲の人間にどう見られているのか気になってしまう。その上に人見知りで少々オタクを患っているので、自分が変な行動をしていやしないかとばかみたいに緊張してしまうのだ。
だから人の多い場所も、賑やかで華やかな場所も苦手だ。酒もたいして強くないし、誰かと会話するのも苦手なので場の雰囲気を楽しむこともできない。こういう場ではたいてい壁際でぽつんと一人でいることが多い。
女性なら壁の花と言われるところだろうが、男なのでそんな言葉もあてはまらない。ただの一人ぼっちだ。
だから本当は高校の同窓会など参加したくなかった。
高校時代から仲の良かった友人たちは今回の同窓会には参加しないというし、彼ら以外のクラスメートたちは光琉のことなどきっと覚えていないだろう。十年前、高校生だった頃から目立たないようにおとなしくしていた光琉の存在感は薄かった。
同窓会に参加したところで話し相手もいない。自分は寂しいやつだと思う。交友関係も兄の竜琉<たつる>のように広くないし、広げようという気持ちがそもそもあまりない。
光琉の心の奥には氷のように冷たい部分があって、どうしても他人に対して積極的になれないでいる。他人と自分を完全に切り離してしまえるし、他人に対して酷く冷淡になれて、簡単に切り捨てても痛みを感じない自分がいることを光琉は知っている。
多分、光琉は少しだけ普通から逸脱している。だからこそ普通の人たちの輪に加わることに、苦痛に近いものを感じてしまうのだろう。
それに二十七歳になってもまだ人を好きだという気持ちをよく理解していない。たいした恋愛経験もなく、どちらかというと現実の勝気な女性よりも二次元のキャラクターの方が好きだ。
……完全にオタク嗜好だ。
近年ではオタクの地位も多少は向上しているが、いまだに世間的にはあまり聞こえが良くないことはわかっている。だからといって嗜好を変えられるかといえば、それは無理な話で。
いっそ人と違うことの何が悪いのかと、オタクの何が悪いのかと、開き直れればきっといろいろなことが違ったのだろう。けれど残念なことに光琉にはそんな度胸はなく、また自分を好きにもなれなかった。
自分に自信などあるわけもなく、なんでこんな自分なんだろう、どうせ自分なんて、という卑屈な気持ちはずっと昔から持ち続けている。いろいろとできすぎる兄がいるから余計にそうだったのかもしれない。
そのせいもあってこういう場に対してどうしても気後れを感じてしまう。
せめて容姿が非常に整っていれば話は違うのかもしれないが、あいにくと光琉はそうでもない。酷く造形が崩れているわけではないが、目を引くほどの美丈夫でもない。
一つ一つのパーツはそれなりに整っているが顔は大人しめで、どちらかというと陰気くさい雰囲気がある。今は仕事柄前髪を少し短めにしているのであまり目立たないが、真っ黒な髪が目に掛かると余計に暗く見える。そんな自分の顔を好きになれない。
それもあって、光琉には他人との付き合いを避けたがる傾向があった。
同窓会の案内が数年おきに届いても一度も参加したことがないのには、そういった理由があった。正直に言えばこれからも参加するつもりはなかった。そんな気持ちを捻じ曲げてまで出席したのは、今回ばかりはどうしても会いたい人がいたからだ。
光琉は店員に勧められたグラスワインに口をつけながら、目立たないようにそっと周囲を見渡した。ゆったりとしたジャズをBGMにテーブルを囲んで楽しそうに歓談するかつてのクラスメートの姿を目の当たりにして、一人居心地悪く腰掛けている自分との違いにもやもやとしたものを感じる。そんな複雑な気持ちには気付かない振りで光琉は視線を走らせた。
目当ての人物はすぐに見つかった。今日の主役、高野<こうの>は部屋の中央付近で多くの男女に囲まれていて一番目立っていた。
随分老けたな……。
かなり失礼なことを思いながら光琉は口元を綻ばせた。
高野は光琉たちの学年の副主任を務めていた。担当の教科は数学で、学年で数学が一番できるクラスを受け持っていた。当時、学年主任は子供に嫌われる典型的な熱血漢のような男性教師だったが、高野はそれとは好対照の人物だった。小うるさいことを言うわけではないが、大事なことだけはぽつんと口にする温和な人で、どこか飄々とした雰囲気が皆から好かれていた。
数学が得意だった光琉も彼にはかなり世話になった。授業とは別に個人的に難しい問題に挑戦したいと言っては、高野に課題を出してもらっていた。おとなしすぎてどこかクラスから浮いていた光琉に苦言を呈するわけでもなく、存在感があまりないからといって粗雑な扱いをするでもなく、人としてちきんと向きあってくれたような気がする。
光琉もそんな高野を好ましく思っていたし、多分、他の教師に対してよりも心を開いていた。
十年ぶりに見る高野は頭に大分白いものが混じり、皺も増えていた。けれど柔和な笑みは昔と変わらない。遠目で確認するだけでも懐かしさがこみ上げてきて、散々嫌だと思っていた割に素直に同窓会に顔を出して良かったと思えた。
高野は来年定年を迎え、退職することになっている。その話が同窓会の幹事のもとに行き、今回高野を迎えることになったらしい。高野が皆から好かれていた証拠だろう。
そういう光琉も第二の人生を歩み出すという彼に一言礼が言いたかった。高校を卒業するときには何も言わないままだったが、今になって思えば高野にはかなり言いたい放題だった。子供だったと言えばそれまでだが思い返せば自分は何とわがままだったのだろうと恥ずかしくなる。
だからもう一度だけでも会いたかった。この機会を逃したらもう次はないかもしれない。そう思ったら、今礼を言うべきだと思ったのだ。
光琉は高野が席を立ったところで声を掛けることにした。さすがに人に囲まれる高野に声を掛ける勇気はなかったし、そもぞも高野が光琉を覚えている保証はない。とりあえずは名乗って挨拶と礼を言えればそれでいい。
光琉のことを適度に放っておいてくれる店員の態度に甘えながらカウンターの席でちびちびとワインを飲みんでタイミングを見計らっていると、案外と早くチャンスは訪れた。高野が中座したのだ。
行動を目で追っていた光琉は高野が戻ってくるところを捕まえることに成功した。
声を掛けたときは驚いたように目を見張っていたけれど、高野は顔を綻ばせて光琉の隣に腰を下ろした。どうやら光琉のことを覚えていたようで、しきりに懐かしがってもらえて嬉しかった。
挨拶と礼を言った後は、近況とこれからのことについて少しだけ高野と話をした。
「そういえば川田<かわた>くんには挨拶したかい?」
もうそろそろいいかと思った頃にふと高野がそんなことを言い出した。
川田というのは今日の同窓会の幹事だ。今回だけではなく高校を卒業して十年、毎回同窓会の幹事をやっている物好きだ。
川田とは一度だけ同じクラスになったことがある。十年経てば名前などもう覚えていない人が大半だけれど、明るくて皆に人気のあった川田のことだけは光琉もなぜかよく覚えていた。
「いえ、今日は遅れてきたので……」
光琉は同窓会には途中から参加した。諸事情で土曜日の今日も出勤だったので集合時間に合わなかったというのもあるが、開始時間までの待ち時間に一人でぽつんとしているのが嫌でわざと避けた。周囲が盛り上がっている中で一人だけというのはかなり居心地が悪いからだ。
「そうなのか。じゃあ是非彼に挨拶していきなさい」
「え」
高野にそう言われて光琉は面食らった。
たしかに川田には今日の会費を渡さなければならないので、後で声を掛けようと思っていた。けれどなぜ今、高野の口から川田の名前が出てくるのかがわからなかった。川田とは特別仲が良かったわけではなかったのだ。
「あの、……なんで、川田が出てくる、んですか」
しどろもどろになりながら問いかける。返ってきた答えはあまりにも意外だった。
「川田くんは随分と村野くんを心配していたよ。この十年一度も同窓会に顔を出さないと言って、しきりに大丈夫かと言っていた。私に連絡が来てないかと聞いてきたくらいだ。気になっていたんだろう」
「そ……うなんですか……」
とてもではないが信じられない。そもそも川田が、高校二年の一年間だけ同じクラスだった光琉のことを覚えているとは思っていなかった。それなのに光琉の事を心配していたなんて、高野の冗談ではないかと疑ってしまう。
だって、まさか。
けれど当の高野はそんな光琉を気にすることもなく、大きく手を上げて川田を呼んでしまった。
「川田くん!」
周囲の人の視線がいっせいにこちらに集中する。光琉は思わず視線をうろうろとさまよわせて俯いてしまった。こんな風に注目を浴びるのは苦手だ。
「あー、先生、そんなところにいたんですか」
ちょうど下を向いた光琉の視界に誰かの足が入ってきたところで、あちこちから高野を呼び戻す声が掛かり始める。
「川田くん、村野くんだよ。じゃあ、あとは宜しく。私はちょっとあっちへ行ってくるから」
高野はこちらにやってきた人物に声を掛けると、向こうから掛かる声に応えるように再びフロアの中心へと戻っていってしまった。