清想空

若里清によるオリジナル小説サイト

©2020 Sei Wakasato All Rights Reserved.
無断転載等のことはしないでください。

open05.04.12
初詣 ―― side 杉浦
新年早々、珍しい顔合わせとなった。
もう少し正確に言うと、集まった人間自体は見知った顔で珍しくもなんともないが、この顔ぶれだけということがほとんどなかったので、そういう意味で珍しい集まりだった。
高校の同級生の相原と梶、それから先輩であり恋人である桜、そして杉浦というなんとなく居心地の悪い四人組は、梶以外のメンツが通う大学の近くにある神社に初詣に来ていた。
あまり規模の大きな神社ではないものの人出はかなりのもので、参詣するのにも長い列に並ばなければならなかった。それでも意外と回転がよく、予想より早く済ませることができた。
先に済ませた相原、杉浦、そして梶より早く戻ってきた桜の三人が待っていると、梶がようやく戻ってきた。
遅かったなと言う相原に梶が応戦していると、いきなり桜が梶の腕をとって強引に引いた。隣にいる相原や杉浦のことなどまったく気にも留めず、そのままぐいぐいと梶を引っ張っていこうとする。
「っとと、どうしたの桜ちゃん」
「人込み苦手だろ」
そんなやり取りをしながら、梶はされるがまま桜に引っ張られて神社の出口の方へ連れられていく。そうして相原と杉浦だけがその場に取り残されてしまった。
(あーあー、相変わらずべったりだな。しかも梶のやつも嬉しそうな顔しやがって)
いつものことながら仲の良い従兄弟同士の様子に杉浦は軽いため息をついた。それを横にいた相原がつっついてくる。
「新年早々からため息つくなって。あいつと各務さんは昔っから仲いいんだから」
「まあなあ」
(わかってたことだけど、なんか、こう……。釈然としないと言うか、何と言うか)
梶はもちろんのこと、桜にも罪はないと一応はわかっている。それでもどうも納得がいかないのは杉浦がまだまだ青いせいだろうか。嫉妬というわけではないが、それでも面白くないと多少なりとも感じてしまう自分自身をまだまだだと思う自分もいて、腹の底にはなかなかに厄介な感情が居座っている。
「そういうお前はどうなんだ、相原」
お前の方こそあの二人の様子に何か感じないのか。そう問えば、相原はあっさりと笑って言い放った。
「イニシアティブは常に俺が握ってる」
自分がその気になれば、二人がどんなに仲良さそうにしていても自分の元に引き戻せるのだから、心配するようなことは何もない。
そう言わんばかりの発言だ。
(またそんな不敵な顔しながら言うなよな)
そう思いつつも断固として言い切れる相原を羨ましく思わないわけでもなかった。
残念ながら杉浦には相原のような自信はない。二人でいる時に限ればイニシアティブは杉浦が握っていることの方が多いけれど、だからといって桜に対して強く出られるわけでもなかった。たとえ一歳だけでも年上の桜の方が強いのは紛れも無い事実だった。
もっとも、相原にあれだけきっぱりと断言された梶には同情せずにはいられないというのも事実だったが、それはこの際どうでもいいとする。
(まあ騙し討ちの代償だと考えれば安いものか)
正月から仲の良さを見せ付けられたことが桜への代償行為になるのなら、見せ付けられるくらいどうということもない。とは言うものの、会うたびに桜が機嫌悪そうにしているのはどうも割に合わない気もするのだった。
(それも仕方ないか。元々恥ずかしがりな方だし)
そう考えると、つくづく厄介な人を好きになったものだと思ってしまう。
落とすのにも時間がかかって大変だったけれど、それ以上に、所々ややこしいひねくれ方をしている人に付き合っていくのは大変だった。それでも苦労してようやく自分のものになった人を手放す気は全然ないのだけれど。
「さてと、俺たちも行くか、杉浦」
「そうだな」
いつの間にか桜と梶の姿は見えなくなってしまっていた。おそらくもう神社を出てしまったに違いない。さすがに置いていかれはしないだろうと思うが、ここで待たせれば桜がまた睨んでくるのだろう。
桜は顔の造形や背の低さのせいで人に男くさいという印象をあまり与えないタイプだけれど、小さい頃から空手を習っていたせいか時折研ぎ澄まされたような雰囲気を纏うことがある。特に人を睨むときに多く、大きな瞳は時として愛らしい印象を与えるものにも関わらず、そういうときばかりはひやりとさせられる。
桜も仲の良い相手には手加減してあまり強烈な睨みをきかせることはないけれど、機嫌が悪いときは杉浦でも少したじろいでしまうことがある。杉浦個人としてはそんな桜も好きだけれど、桜の機嫌が悪くなりすぎるのは勘弁してほしかった。桜を懐柔するのには色々と骨が折れるのだ。
懐柔するために色々とやることも杉浦は決して嫌ではないけれど、正月休みが明けるまではそうそう頻繁に桜に会えない身としてはそれは避けたい。
歩き出した相原と杉浦はゆったりと人込みを抜けて、先に行ってしまった二人を追いかけた。けれど、もう少しで神社の敷地から抜けるといったところで二人は足止めをくった。
「ねえねえ、あなたたち学生さん?」
見れば二十五歳くらいの女性が四人ほど行く手を阻むように立ち塞がっている。相原に視線をやると、ここは任せろとばかりに頷かれた。
「大学生?」
「そうだけど、あなた方は?」
「私たちは……うーん、もう学生じゃないわね。社会人よ」
「今、暇? 一緒にお茶でもしない? どう?」
「ね、行こ行こ」
口々に言葉を発されて、杉浦は相原に任せることにした。相原は大学に入ってからも相変わらず人気者だったし、女の扱いにも慣れている。実際、相原はお茶の誘いをやんわりと断る言葉をかけていた。
(それにしても)
失礼にならない程度に目の前の彼女たちに視線を当てて観察する。
(こんなのより桜さんの方が可愛いよな。睨んできても、それが一種のポーズだってわかってるから、それだって可愛く思える。でも、これはちょっとな)
目の前の相手に対して十分失礼なことを考えていると、視界の端に桜と梶の姿が入ってきた。相原と杉浦がなかなか神社から出てこないので様子を見に来たに違いなかった。
二人は杉浦たちが女性たちに足止めされていることに気付いたのか、少し離れたところで足を止めてこちらの話が終わるのを待つ体勢に入った。ちらちらと視線をやってくるけれど、邪魔をしてはいけないと思っているのかこちらにまではやってこない。
(というよりも巻き込まれたくないと思ってるのかもしれない)
そんなことを思いながら桜と梶を見ていると、杉浦が視線を遠くにやっているのがわかったのか、一人が相原ではなく杉浦に話しかけてきた。
「だめ? お茶くらい、いいじゃない」
もう相原が断ったにも関わらず諦める様子も見せずに食い下がる態度に、人には寛大でいようと心掛けている杉浦も少し苛立った。それでも相原がなるべく彼女たちを傷つけないように、説得するように断っているのに任せてもう一度視線を桜と梶にやる。
そこで二人から目が離せなくなった。
(何?)
こちらに八割方背を向けてる梶が、正面にいる彼より少し背の低い桜の顔にぐっと顔を近付けて動きを止める。少しして梶がぱっと身体を離す。梶の身体越しに見える桜は遠目にもわかるほど顔を真っ赤にしていた。
(……何した?)
重要なところは梶の後ろ姿に隠れてしまって、一体何が起きたのかわからなかった。けれど桜があれだけ顔を赤くするのは尋常ではない。
(何赤くなってるの。相手は俺じゃないのに)
自分以外の人間にあんな無防備な顔を見せることに少しだけ腹が立った。
「悪いけど」
どうしても落ち着かなくなった杉浦は、相原が色々と話しているのを強く遮った。
「さっきから連れの友達を待たせてるので」
うざったいと感じていることを隠すわけでもない言葉に彼女たちが一瞬怯んだのを見逃さず、杉浦は桜と梶の方へ進む。
「あ、おい」
相原が置いていくなとついてくるのに構わずに、手前にいる梶に声をかけた。
「おい」
行くぞと次ごうとして、けれどそれは果たされなかった。
「あー、この子たちがお友達?」
後ろにいたはずの彼女たちがあっという間に桜と梶の前に移動して、逃すまじというような勢いで二人に話しかける。
少しは人の言ったことの意味について考えて欲しいと思わずにはいられない。言外に『あんたたちに割く時間はない』と言っているのに通じていない。
「こっちの二人もいい感じじゃなーい」
「四対四で人数もちょうどいいし、お友達も一緒に行けばいいよ」
あまつさえ、そんなことを言ってはしゃいでいる。
(馬鹿か)
そう思ってしまうのも仕方のないことで、あまりのしつこさに思わずため息をつくと、困ったような顔をした桜と梶の視線とぶつかった。
珍しく頼ってくるような気配を見せる桜の大きめの瞳に少しだけ気分をよくする自分に内心で苦笑して、杉浦は二人の前に立つ一人の肩に手をかけて無理矢理道を開けさせた。
(もう我慢するだけ阿保らしいな)
「もう断ったけど、……俺たち、皆、決まった相手いるから」
はっきりとした口調でどれだけ誘っても無駄だと言外に告げると、さすがの彼女たちも驚いてどうしようかという雰囲気になった。その隙を逃す手はなく、杉浦はさっと桜の腕を掴んで逃げを打つ。
「わっ」
急に腕を引かれた桜が驚いて声を上げたけれどそれには構わずに可能な限りの早足でその場を後にした。
「ちょっ……ちょっと、杉浦」
「ここまで来れば大丈夫か」
もういいんじゃないかという桜の言葉に、杉浦はようやく足を止めた。気が付けば駅前近くまで戻って来ていた。
「それにしてもしつこかったな」
「確かに。男は言うまでもないが、女でもしつこいのはごめんだね」
杉浦と相原が口々に文句を言えば梶が、そんなにひどかったのかと呆れたように言った。
「ひどかったな」
「それはもうひどかった」
二人同時に答えたことでようやく皆から緊張感が抜けた。
ほっとして、それまであった微妙な雰囲気が霧散し、気楽な言葉が飛び交い始める。
「それでさ、この後どうする? 桜ちゃん、お腹減ってるんだよね?」
「うん。腹減った。時間もいいし、昼飯でいいよな?」
「じゃあ、どこかいい店ない? 俺、ここらへんのことわからないから任せた」
「だとさ。さあて、どこにするかね、杉浦」
「お前も少しは考えろ」
そんなくだらない言い合いをして、大学の近くにある五百円でハンバーグセットを食べられる店に入った。そこで気の済むまで話をして、もういいかというところで四人は引き上げることにした。
「それじゃあ、またな」
振り返りながら梶がそう言った。
四人は電車の下りホームへの階段の前で立ち止まった。杉浦だけが上り方面で、他の三人は下りだ。
「梶も元気でな」
住んでいるところが遠いわけではなかったけれど、同じ大学に通っている桜と相原に比べて、高校卒業後就職した梶とは会う機会は格段に少ない。またしばらくは会わないだろうと挨拶すると梶も、杉浦もなと返してきた。
その一方で毎日のように顔を合わせる二人は実にあっさりとした挨拶を寄越してきた。
「またな、杉浦」
それでもまだ相原の方が手を軽く振って愛想のある挨拶をしてくれる。桜はそっけなくじゃあとだけ言って、さっさとホームへの階段を上がっていく。
(まあ今更何を期待するわけでもないけど)
諦めにも似た気持ちで、桜とそれに続いて階段を上り始める相原の背中を見送る。そこで梶がまだ動こうとしないことに気付いて声を掛けた。
「梶、どうした?」
「ねえ、杉浦。……桜ちゃんて、敏感だよな」
自分の手を眺めながらぽつりと言う梶に、杉浦は心臓が止まりそうな程の衝撃を受けた。衝撃のあまり梶を見つめるものの声も出せない杉浦に、梶は困ったように笑いかけて、それじゃあと階段を上がっていく。
(いや、ちょっと待て。待て、梶!)
思っても既に階段の中程まで行ってしまった梶を引き止めることはできなかった。
(何なんだ……)
衝撃の余波にまだ落ち着かない心臓を宥めながら、杉浦は一人、上りのホームへと向かった。
(梶が何を知っているか知らないけど、桜さんと何があったのか、桜さんの口を割らせよう)
ひっそりと誓って電車に乗り込んだ杉浦は、なんだかんだと言いながら今年も波瀾の年になりそうだと小さく息を吐いた。
窓の外には杉浦の心とは似ても似つかないほど、清々しい青空が広がっていた。