清想空

若里清によるオリジナル小説サイト

©2020 Sei Wakasato All Rights Reserved.
無断転載等のことはしないでください。

open05.04.12
初詣 ―― side 玲一
改札の向こうには既に待ち合わせの相手が待っていた。
「あ、いたいた」
玲一はそう言って後ろの桜を振り返った。
「ほら、桜ちゃ……」
そこで見るからに不機嫌そうな顔に行き当たり、思わず言葉を失いそうになったがなんとか気を取り直した。
「桜ちゃん、そんな顔しないで。さ、行くよ」
今にも穴が開きそうな程の強さの視線に『なんであいつらがいるんだ』という思いが込められているのは間違いないだろう。
新年早々桜を怒らせたのはまずかったかと思ったものの、ここまできたからには仕方がない。玲一はいつになく強気の姿勢で桜を改札に引っ張っていった。
新年とはいえ四日にもなれば通常営業を始める店も多く、玲一たちが待ち合わせに使った駅もそこそこ賑わっていた。それでもいつもに比べれば改札の前で待っている人の数はそう多くはなく、目的の人物はすぐに見つけることができた。向こうもこちらに気付いたようで、桜と二人で寄っていくと手を挙げて応えてくれる。
「明けましておめでとう」
早めに来て待っていたらしい相原と杉浦が口々に新年の挨拶をしてくるのに返すと、桜も渋々という感じで挨拶をする。
(うーん。やっぱり怒ってる?)
不機嫌を隠す風でもなく、眉間に皺を寄せたままの桜はどことなく怖かった。
「じゃあまずはお参りするか」
「そうだな」
そんな桜の様子など気にもせず、相原と杉浦はさっさと決めて歩き出す。その図太い神経が少し羨ましいと思いつつ二、三歩遅れてついていくと、横に並んだ桜が口を開いた。
「で、どういうことだ?」
硬い声の割に表情に怒りはなく、むしろ諦めにも似た感情をのせる顔に玲一は苦笑いしたくなる。
(こんなんばっかりだもんなあ)
よくよく考えれば、毎回のように騙し討ちで連れ出される桜に同情したくもなる。
そもそもの事の始まりは年末にかかってきた三枝からの電話だった。
なんでも椿と二人で犬吠埼に初日の出を見に行くついでに初詣も済ませる予定なので、仲間外れの可哀相な桜を初詣に誘ってやってほしいということだった。すべての事情を知っている三枝は
『ま、纏わり付くような相手もいるからそんな寂しくもないだろうけどな』
と笑いながら付け加えることも忘れなかったが。
そんな訳で、地元にある神社に桜と玲一の二人で初詣に行こうと思っていたのだ。けれどタイミングよく――いや、この場合悪くと言った方がいいのだろうか、イベントごとにはやたらとうるさい相原から初詣の誘いがあり、結果として杉浦も巻き込んでのイベントとにすることとなったのだった。
始めは本格的に築地本願寺にでも行こうかなどと話していたのだけれど、あんなに人のいるところは嫌だと玲一がごねたため、玲一以外の三人が通う大学の近くにある神社にしようということになったのだった。
桜には大学の近くにある神社に行ってみたいからと言って、同じ最寄りの駅での待ち合わせを決めた。もちろん相原と杉浦が付いてくることは知らせなかった。正確には知らせない方がいいだろうと言う二人に口止めをされたのだった。
「――というわけで、桜ちゃんたちの大学近くの神社にしようってことになったんだ」
三枝からの電話については伏せて、かい摘まんで説明すると桜はそんなことだろうと思ったと諦めたようにため息をついた。
(でも、桜ちゃんだって杉浦に会えて嬉しくないってことはないよね? ……相原はともかくとして)
だから満更でもないのだろうと思うのだけれど、だからといって事情を知っている人の前で恋人である杉浦と対面するのが照れ臭いやら、恥ずかしいやらで気乗りしないというのはわからなくもなう。
(俺だってそりゃ嫌だよ……。うん)
それに何より、毛嫌いの度合いは大分ましになってきているとはいうものの、もはや天敵と言うほどの勢いで敵対視している相原がいるのだ。それを考えれば桜の態度もあまり気にしなくていいのかもしれない。
一人でそんなことを考えているうちに駅からさほど遠くない神社に着いてしまった。
「……なんかたくさん人いるんだけど」
散々人込みは嫌だと言ったのに、来てみればひしめくと言う程ではないにしろ人が溢れていた。
「年始だから仕方ないだろう。ほら、並ぶぞ」
初詣に人がいないなんてあるはずがないだろうと相原に軽くいなされて、仕方なく人込みの中へと分け入り、あまり広いとは言えない境内にできている列の最後尾に付く。
見渡す限り人、人、人の光景に人酔いしそうになり、げんなりとした顔をしていれば心配そうな桜の視線とぶつかって思わず苦笑いがもれる。初詣に誘っておいてこのざまはないだろうと思うけれど苦手なものは苦手だった。
人が多く、長く待ちそうだと思った列は、けれど意外に早く玲一たちに順番が回ってきた。先に相原と杉浦が参詣を済ませ、二人の次に玲一と桜が続く。
「やたら長かったな。何をお願いしたんだ?」
「秘密」
賽銭の金額に見合わずやたらと長く手を合わせていた玲一に、にやにやと笑いながら相原が聞いてくる。誰が教えるかと応戦していると桜が強く玲一の腕を引いた。
「それよりこれからどうしようか。どっか行く? っとと、桜ちゃん?」
「向こう行こう。玲、人込み苦手だろ」
「……うん」
(ああ、気にしてくれてたんだ)
ささやかな気遣いが嬉しくて、桜に引っ張られるまま相原と杉浦を置いて神社を出た。
「はーっ」
ほんの少し神社の敷地から出ただけで人口密度が違う。そのことに安堵して息を吐くと、桜が小さく笑った。
「人のことは言えないけどさ、何で皆正月早々出たがるのかね。家でまったりしてればいいと思うんだけど」
「まあまあ。玲は人が沢山いる場所苦手だからだろうけど、皆こういうの好きなんだよ」
「そういうもんかな」
「そういうもんだよ。混んでてもお参りするし、身動き取れないような所でも分け入っていく。賑やかなのが好きっていうのもあるんだろうけど、もう性みたいなものじゃないか」
「……そうかあ。確かに俺、出無精だしなあ。相入れないだけか……」
嘆息する玲一にそんなに気にすることもないだろうと言って、桜が後ろを振り返る。
「……それにしても遅いな」
置いてきた杉浦を気にして視線をやるので、玲一もつられて見てみるけれど彼らの姿は見えなかった。
「そういえば。何やってるんだろう」
玲一たちがこちらの方に来るのは見ていたはずだ。境内や参道に出ている屋台にでも引っかかっているのだろうか。
そう思って待っていても一向に神社から出てこない。
「どうしたんだろう」
「仕方ない見に行ってみるか……」
本当に仕方なさそうに言う桜と再び神社の方へ戻ると、出口付近で数人の女性に話しかけられている相原と杉浦が視界に入った。
「……ねえ桜ちゃん、あれって新年早々のナンパ?」
「いや、あの場合逆ナンだろ」
女の人も年明けてすぐに神社でよくやるねえと呆れて言えば、桜が
「あんなのに捕まってんなよ」
と硬い声で付け加えた。
(……もしかして桜ちゃん、嫉妬してる……?)
まさかと思ったものの、残念ながらそれを確かめられるほどの強者ではない。そっと心の中にとどめておいた。
何を話しているのかまでは聞こえなかったが、見た感じ玲一たちより年上の女性たちに足止めをくっているようだ。
(……ほっといても大丈夫だよな?)
二人が彼女たちとどうにかなるはずがないということはわかっていても、本当に置いていく訳にもいかない。だからと言ってあの集団のところに行く気にもなれず、結局、桜と玲一はその場で彼らの話が終わるのを待つしかなかった。
「ったく。待たせんなよな」
「まあまあ」
待つ時間が長くなるにつれて段々と言葉が悪くなる桜に、玲一はとりあえず後のことについての話を振った。
「ところでこの後どうしようか」
「そうだな、とりあえず腹減ったし、そろそろいい時間だから昼飯をどっかに食いに行くか。…………というか早くしろ」
「落ち着いて落ち着いて。……あれ、桜ちゃん」
どうやら本気で苛立ち始めているらしい桜を宥めていると、ふわりとよい香りが鼻をくすぐった。どうやら玲一より背の低い桜の髪の毛から香っているらしいと気付いて、彼の耳に近い長い部分を手に取る。
「シャンプー変えた?」
「あ? ああ、変えた。なんか椿が自分と同じ名前のやつが出たからとか言って買ってきた。いちいち違うの用意するのが面倒臭くて同じの使ってるから、多分その匂いだと思うけど……」
「なるほど」
納得してもう少しよく香りをかごうとして、桜の耳の辺りに手を固定してぐっと顔を髪に近付けた。
「いい匂い」
「ちょっ……、ちょっと玲」
「ん? 何?」
慌てたような声と玲一を剥がそうとするような桜の仕草に身体を離すと、桜は顔を真っ赤にしていた。大きめの瞳が動揺を隠せないような妙な動きをしている。
「え、あ、……え?」
一体何が起きたのかと玲一がおろおろすると、桜が弱々しく言葉を発した。
「俺、そこ弱いんだ……。くすぐったくて……」
『そこ』というのが首から耳にかけて手を置いていたところだと気が付いて、玲一はすでにそこから離しているにもかかわらず意味もなく手を振った。
「ごっごめん」
「いや……こっちこそ……」
桜は恥ずかしそうにマフラーを引き上げてさっきまで玲一が触れていた部分を隠す。けれど顔にのった朱はなかなか引かず、肌が白い方であるだけにそれが目立った。
(弱いって、くすぐったいって、ちょっと耳の辺りに触っただけで……。……桜ちゃん……もしかして、敏感?)
そう考えた瞬間、頭の中に杉浦の顔が浮かんできてしまい、玲一は慌ててそれを吹き消した。
(考えちゃいけない。考えちゃいけない。詮索は良くない。良くないけど、……これってどうなの)
考えたらいけないとわかっているのについつい思考がそちらに傾きそうになる。それを止めようときつく目をつむる。
「玲?」
「いや、なんでもないよ」
内心冷や汗をかきながら桜に答えると、背後から声を掛けられた。
桜と二人で視線をやると、相原と杉浦がこちらに来るところだった。やっと終わったのかと言おうとして、けれどそれは叶わなかった。相原たちの後ろにいた女性のうちの二人が飛び出してきて、こちらに話しかけてきたのだ。
「やだ~、こっちの二人もなかなかいいじゃない~」
「あー、ほんとだ」
「この子たちが連れなんだよね?」
「ねえねえ、君たち暇? 私たちとお茶でもしない?」
矢継ぎ早に言葉が飛び交い、誘いを断ろうにも誰に何を言えばいいのかもわからず桜と顔を見合わせてしまう。こういうのにはまったく慣れていない。
「ねえ、ねえ、一緒にお茶しようよ。おごるからさ」
「だめ? さっきから誘ってるんだけど、君たちの方はどう?」
困った顔をしたのが分かったのか、ため息をつきながら杉浦が割って入った。
「あの、さっきも断ったけど、……俺たち皆決まった相手がいるから」
そう言って玲一たちとの間にいた女の人をどけるようにしてこちら側にやってくる。
いささか強引な行動に呆気に取られたような顔をする女の人たちに最後の留めとばかり、同じようにこちら側に移動してきた相原がにこりと笑いかける。
「そういう訳でこれで。あんまりしつこいと嫌われますよ」
そうして二の句の告げない彼女たちを置いて、杉浦が桜の腕を掴んで走り始めた。玲一も相原に背中を押されて前を行く彼らを追いかけてその場から逃げた。
「ここまで来れば追いかけてこないだろう」
駅前近くまで戻ってきてようやく先頭を行く杉浦が立ち止まった。それに続いて皆が足を止め、通行の邪魔にならないように端に寄る。
「それよりもあんなこと言ってよかったのか?」
「いい。あんなのに捕まっただけ時間の無駄だ。しつこい男は言うまでもなく、しつこい女は嫌いだ」
言いすぎだったんじゃないかと指摘してみたけれど、相原の返答は意外と辛口だった。普段は女の人に対して優しい態度を取る相原でも、さすがに新年早々絡まれたのには腹を立てたらしい。
(……それにしても今年も始まった早々こんなのかぁ)
どうやら今年も色々ありそうだと乾いた笑いを口に浮かべて、玲一はふと思い出した。
「あ、そういえば言い忘れてた」
唐突に言い出した玲一に何だという視線が集中する。
「今年もよろしくお願いします」
三人は一瞬呆けたような顔をして、それからこちらこそと揃って笑った。
「よし、じゃあ、何か食べよう。俺、腹減った」
「どこにする? っていっても、俺、ここら辺の店知らないから杉浦と相原よろしく。何かいい店知ってるだろう」
「というわけで、さあてどこにするかね、杉浦」
「お前も少しは考えろ」
どこに行くか考えている二人を横目に、玲一は清々しい小春日和の空を見上げて、今年も良い一年でありますようにと祈ったのだった。