清想空

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open05.04.12
その瞳に映る人 エピローグ
『この間はありがとう。殴ってくれて』
電話の向こうから聞こえる二科の案外元気そうな声に、村野は少しだけほっとした。
落と出会ってからこっち、二科の様子が芳しくないだろうことは察していた。だからこそ心配していたのだ。
「ああ、あれ、確認しました?」
『した。いい気味だった』
二科の返答に村野は思わず笑ってしまった。
二科は気付いているのだろうか。村野が殴り付けた場所は服をまくり上げるか、脱がないと見えないところなのだ。
と、いうことは、だ。
人様の恋愛事情にはそうそう首を突っ込みたくないけれど、二科と落が最近身体を重ねたであろうことは自然とわかってしまうのだ。
ニカさんてそういうところ案外無防備なんだよなあ。多少は相手を選んではいるんだろうけど。
二科が村野に特別気を許しているのはわかりきっているし、村野もその関係はそのままでいいと思っている。
それにしても。
まさかこんな形で二科が落とまとまるとは、村野としても想像だにしていなかった。
落と二科を出会わせたら、絶対に二科は泣くことになるだろうとは思っていた。それが物理的であれ、精神的であれ、どんな場面で零れ落ちるものであれ、二科が傷ついたことには変わりない。
今でも壊れそうなほど脆いところを抱えたままの二科に、落の衝撃は強すぎる。壊れてしまうのではないかと思いつつ、村野としてもこういう結果を望まなかったわけでもない。
落がいっそ二科のすべてを奪ってしまえたら、とどこかで期待していた。村野には無理でも、あの人でなしなところを持ち合わせる落になら、と渋々ながら落を二科のところに向かわせたのだ。
結局、二科はぼろぼろになって倒れてしまった。詳しいことは聞いていないけれど、そのことについては二発殴ってやっただけでは正直物足りない。
それでも結果良ければすべて良しなのだろうか。
「まあ喜んでもらえてよかったです。もう一つの方も使ったみたいですし」
この間村野から電話したとき、二科は何かあったときのために落の勤め先を知りたいと言っていた。その『何か』がいいことになるのか、それとも悪い事態になるのか、聞いたときの村野にはわからず少し不安だったのだが、結果的にはいいことだったらしい。
おそらく二科から落に会いに行ったのだろう。
先日の二科とのやり取りの数日後、村野が殴りつけた後、落は色々と文句を並べつつも言ったのだ。
『人の真剣な気持ちをいたずらに弄ぶほど悪趣味でもない』
真摯な表情で紡がれたその言葉を聞いて、もう落は二科には会いに行かないつもりなのだと察した。もし二人がもう一度会うことがあるのなら、それは二科から落に会いに行くときなのだろうと思っていた。
『あれも役に立った。ありがとうな』
ああ、だからもう。そんなにあっさり認めたら、落のこと好きだから会いに行ったって言ってるようなものだってば。
「俺としても、ニカさんと落がまとまってほっと一息ですよ」
『……まとまっったって?』
「だって、落と付き合うんでしょう? その、恋人として」
『な、に言ってるんだっ。付き合わないよ!』
「え、そうなの?」
『そうだっ。馬鹿っ』
いや、でも、しかし。そうでなければ二科が落に会いに行った理由は一体何なのだ。
『大体僕はあんなやつは好きじゃない!』
なんだそれはと混乱しかけたところでピンときた。
そういえば昨日落から連絡がきたときに、落もそんなことを言っていたのだ。
つまり、好きじゃないってことは嫌いじゃないってことか。あーあー、ニカさんも素直じゃないことで。
「ま、そういうことにしておきますか」
『ちょっと待って。何だそれは』
「まあまあ。落とは仲良くね、ニカさん」
『何、それ。だから、人の話を聞け! この馬鹿っ』
そのまま不毛なやり取りを数分してから電話を切った村野は一つため息を落とした。
「……お熱いことで」
呆れ混じりのその言葉を紡いだ唇は、けれど両端がしっかりと上がっていた。