清想空

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open05.04.12
後日談 2

2.年の瀬

人を好きになるというのはどういうものだったか。
今更だけれど二科はそれがわからずに、もやもやとしたものを抱えていた。
そもそも大学生になるまで、二科は色恋沙汰には縁がなかった。というよりも、あまりそういったことに興味を持っていなかったと言った方が正しい。
中学生、高校生の頃は毎日を積み重ねることだけで精一杯で、あまり自分の周囲に注意を払っていた覚えがない。ただひたすらに同い年の子供たちの集団からはみ出さないように、目立ち過ぎないようにと、そのことばかりに気を配っていたような気がする。
二科の容姿は整い過ぎていて、同年代の少年少女たちにとってはある意味で近付きがたい存在だったようだ。集団からはみ出しているというわけではなくても、少し浮いていたようにも思う。それでもそれなりに仲のいい友人はいた。もっともそれも親友と呼べるほどの親しさには発展しなかった。
後に村野から『初めてニカさんのこと見たときは人形かと思った』と言われたのも、そういったことが背景にあったのだろう。
二科自身は無自覚だったが、そのときにはすでに祥啓に心を持っていかれていて、他に目が行く余地がなかったということかもしれないが。
窮屈な高校生活が終わり、比較的自由に振舞える大学生になって交友関係が広くなったときに初めて、自分が他人とはどこか違うことに気付いた。そこでようやく、自分の目が周囲にいる人間に向けられないのは、心の中に祥啓への想いが棲み付いているからだと意識した。
自覚したときには恋のような執着はとっくに始まっていて、そうとわかった途端に醜い感情と罪悪感に苦しめられた。あまりにも普通とはかけ離れた恋情は知らぬ間に心に根を張っていて、苦しみを糧に枝を伸ばすような育ち方をしてしまった。
それが二科にとっての初めての恋だった。だから二科にはわからないのだ。
人を好きになるというのが、どんな気持ちになることなのか。どんなきっかけで人を好きになるのか。好きになった後はどんな気持ちを味わうものなのか。
普通の人なら知っているはずの当たり前の感情を知らないままここまで来てしまった。そのせいで今、落の扱いをどうすればいいのか、二科はわからずに戸惑っている。
自分が落を本当の意味で好きなのかどうかも、わかっていなかった。
 
 
 
あと三日で今年が終わるというその日。
朝からなんとなくそうなるような気がしていたが、午後になって落が部屋へとやってきた。事前に確認の連絡が来ていたので、夕食の準備を整えた上で二科は落を出迎えた。
二人とも前日が仕事納めだったのでいつもよりゆったりとした時間を過ごし、その夜は翌日に仕事がないという開放感からいつもより激しく抱き合った。
マンションの防音はしっかりしているのでそれなりに安心なのだが、それでも隣や下の部屋に音が聞こえてしまうのではないかと心配になるほど、求めあった。
しかも嫌だと言ったにも関わらず、いつだったかに使用を断ったはずのバイブレーターを中に入れられた。二科は一度もそういうプレイをしたことはない。中で振動する玩具は人間のように手加減はしてくれず、感じるところを的確に抉られたまま延々と揺らされて気が狂うのではないかと思った。
今までにない快楽の形に身悶えた二科は、情事の後は腕を持ち上げるのも億劫なほどの疲労感に襲われ、ぐったりとベッドの上にその身を横たえた。
もう二度と使わせるもんか。
決意したところで、どうせ落が本気でそれをしようとすれば勝てないのだろう。悔しくはあるのだが力で迫られたら二科に勝ち目はない。もっとも、心の底からの本気で抵抗すれば話は違うのかもしれないが。結局のところ、二科の甘さが落の行為を許しているのだろう。
「なあ、あんたさ」
冷蔵庫から我が物顔で飲み物を取ってきた落が立ったままそれに口を付けて、二科に視線を落としてきた。寒い時期だというのに相変わらず下にジーンズを履いただけの格好だ。
「なんだ」
「あんたさえよければ、俺はあんたと付き合ってもいい」
一体どういう風の吹き回しか。
話が見えず二科は眉を寄せた。
「いきなり……なんだ」
「いや、今の状況はどう考えてもそういう間柄の二人だろうと思って」
いつまでもずるずる続けるのもどうだと言われてしまえば、その通りだと思う。けれどわからないのだ。今の落との関係をどうとらえればいいのか。
そもそも二科が落を好きなのかどうか。自分の気持ちがわからない。
身体が流されていることはともかく気持ちを無視することはできない。だから自分の気持ちがはっきりしないことには身動きができない。
押し黙って視線を逸らした二科に、けれど落は呆れたような素振りも見せずに言葉を足した。
「なあ、あんたさ。最近他のやつと寝てないだろ」
「ああ、それは、そう」
あの夏の日以来、落以外の人間とは夜をともにしていないので二科は素直に答えた。とぎれとぎれでも思い出しては抱き合ったセックスフレンドともとっくに自然消滅していたし、ごく自然な流れで落とだけ肌を重ねるようになっていた。
三ヵ月前に自分から繋ぎ直した落との関係にはそれなりに満足している。
二科の肯定に落が続けた。
「で、俺はセフレか?」
「……それとはちょっと違う気がする」
「ならそれで十分だろ」
言いながら落が腰かけたはずみでベッドが軋む。
「あんたは頭より身体の方が正直だ」
つ、と額を撫でられて、二科はその心地良さに目を閉じた。
「ほらな」
そのまま愛おしむように動く指に、二科はひっそりと頷きを返した。
こうした触れ合いがとても好きな自分を自覚する。それこそが、落が二科にとって特別な存在だという証のような気もする。
それでもそれを素直に認めるのもなんとなく悔しくて、二科は敢えて高慢に言い放った。
「……じゃあお前と付き合ってやるよ」
落はそれには答えずに、代わりに二科の唇に小さな口付けを落とした。