清想空

若里清によるオリジナル小説サイト

©2024 Sei Wakasato All Rights Reserved.
無断転載等のことはしないでください。

open05.04.12
眠り
いつも温かく包まれていたと思う。
多佳子<たかこ>には父の記憶はほとんどなかったけれど、母から語られる父は優しい人だった。父のことを話す母は優しい顔をしていて、両親は幸せだったのだろうと子供ながらに思ったものだった。
その母も多佳子が十歳になった年に他界し、多佳子は母、未知子<みちこ>の兄である暢<とおる>に引き取られることとなったわけだが、その暢もまた優しい人だった。
 
 
 
多佳子は久しぶりに我が家に帰って来ていた。
一応ミュージシャンを名乗っている息子の優哉<ゆうや>が、本格的な活動を始めるに当たって日本に本拠地を置くことに決めたからだった。ミュージシャンと言ってもJ-POP系統ではなく、優哉はれっきとしたクラシックのピアニストだ。
優哉が二十二歳になり、親が四六時中行動を共にしなくてもよくなったというのが理由ではあるが、その実、ずっと息子に付き合って家を空けることが多かった多佳子への配慮であることは言われなくてもわかっている。
あんなに小さくて甘えたがりの子供がこんなに大きくなったのかと思うと、月日の流れというのものが不思議でならなかった。
日本に帰って来て一週間。多佳子にとっての久しぶりの家族四人の団欒は楽しくもあり、なぜか昔の自分を思い出して懐かしくもなるものだった。
多佳子の両親は既に他界しており、また両親が共に揃っていた記憶はない。だからこそ、この家族の温もりは手放したくないと強く思っていた。
「あら、この手紙……」
郵便ポストから持ってきた手紙の中に見覚えのない名前からのものがあった。宛名は多佳子になっているから、優哉の仕事関係のものではないらしい。
裏を見るときちんとリターンアドレスが書いてあり、差出人は奥田守<おくだまもる>となっている。
奥田守? 誰かしら。
首をひねってみても、わからないものがわかるようになるはずもなかった。
仕方なく多佳子は夫の雅史<まさふみ>や子供達宛のものをテーブルの上で仕分けしてから、問題の手紙の封を開けた。
「……」
文面に目を走らせた多佳子は咄嗟に手で口元を覆うことしかできなかった。
そのままの姿勢で手紙の続きを読んでいると、二階から降りて来たもう一人の息子の秀一<しゅういち>がどうしたのと声をかけてくる。
多佳子はそれには答えず目を閉じた。瞼の裏には優しかった伯父の姿が浮かぶ。
短い間そうしてから目を開けた多佳子は手紙を閉じてもう一度封筒に納めた。
「母さん? どうしたの?」
近くの椅子に腰掛けた秀一がテーブルの上に仕分けられた手紙を弄りながら、いつもと様子の違う多佳子を心配して声をかけてくる。
心配されるようなことはなかったが、どこか現実とは思えないような心地は消え去らなかった。
「ん? うん。手紙がね、来たのよ」
「手紙? 誰から?」
「奥田さんていう人からでね。お母さんもその人のこと知らなかったんだけど、どうも川西さんの息子さんみたいで」
「川西さんて?」
不思議そうにしている秀一に、はた、とした。
「そういえばあなたたちは川西さんに会ったことなかったかしら」
あらいやだ、うっかりしてたわ。
そう一人ごちて、多佳子は秀一の隣の椅子に腰を下ろした。
さて、どこから話そうかしら。
しばらく考えてから多佳子は口を開いた。
「川西さんていうのはね、言ってみればあなたたちのおじいさんのお友達ね。高校の頃からの友人だったかしら。とにかく長い付き合いの人なのね。で、その息子さんからの手紙」
そう言って手元の封筒を振ると、驚いた顔をした秀一が多佳子を見ている。
「おじいさん? 俺達におじいさんなんていたの?!」
予想通りの驚き具合におかしくて苦笑を漏らしてしまう。
「そんなこと知らなかった。ずっと、いないもんだと思ってたよ」
「前に何回か会ったことあるのよ? 中学に上がる前にもたしか会ったはず」
秀一は記憶を探るようにして、それから
「小学校の卒業祝いにプレゼントをくれた人?」
と眉間に皺を寄せながら訊いてくる。
「そうそう、その人よ」
「でも全然顔とか覚えてないよ」
「仕方ないわね。もう十年くらいあなたたちとは会ってないことになるから。まあおじいちゃんとは言ってもね、正確には『義理のおじいちゃん』なの。私のお母さんのお兄さんに当たる人だから、私の伯父さんでね、来生<きすぎ>暢さんっていうのよ。」
「へー」
興味津々という感じで話に聴き入る秀一を見て、そういえばあまり身の上話はしたことがなかったと今更ながら気付く。この際だから話してもいいかもしれないと、多佳子は口を開いた。
「私はねえ、三歳の頃に父親が亡くなって、母親も十歳のときに亡くなったのね。父方の祖父母はうちの母親と折り合いが良くなくてね、私を引き取りたがらなかった。何せ母親は結婚当時まだ高校生で、しかも今で言う出来ちゃった結婚だったもんだから、父方の親族が怒るのも無理なかったとは思うけど。しかも母親には親がいなくて、施設育ちだったから嫌がられても不思議じゃないわね。そんなわけで他に親類縁者なんていないから、暢さんが私を引き取ってくれたの。話し合って、私は迷ったけれど結局は養子に入って、暢さんの娘として暮らすようになった。暢さんは結婚してなくてね、男手一つで育てるのは大変だったと思う。それでもいつでも一緒にいてくれたのよ。今考えると感謝してもしきれないくらい、有り難い存在だわ」
話を一度切ると、秀一が意外だと繰り返した。
「意外。母さんて、もっとお気楽な人生送ってきてたのかと思ってた」
その感想があまりに正直過ぎて、多佳子は思わず笑ってしまう。
「そうかもしれないわね。それもきっと両親がいなくても寂しくないようにって暢さんが気を使ってくれたおかげね。それなのに私も母さんも暢さんに寂しい思いばかりさせた。ほんと、母娘揃ってしようがないわねえ。……それで、私は短大卒業後、就職した会社で雅史さんと出会い、翌年めでたく結婚。しばらくして優哉と秀一が生まれたってわけ。だからあなた達も暢さんに感謝しなさいよ。暢さんのおかげで今の私達があるんだから」
「心に留めとく。で、その暢さんの友人である川西さんの息子さんが、うちに一体何の用だったの? しかもわざわざ手紙で」
多佳子は少しだけ声のトーンを落とした。秀一もその内容に困ったような顔をして返した。
「うん……。暢さんがね、亡くなったって」
「……急だね」
「急よねえ……。まだ七十前なのに」
今の世の中六十八歳なんてまだ若い部類に入る。それが急に亡くなるなんて。
まるで多佳子が日本に帰ってくるのを待っていたかのようなタイミングに、そうそう涙脆い方でもないのに、目が潤みそうになる。
多佳子が家を出たのはもう二十七年も前のことで、暢はそれ以来基本的に一人で生活していた。家を出るときの寂しそうな様子は今でも思い出すことができる。それでも祝福してくれた。寂しくなかったわけではないだろうに、彼がそれについて愚痴を零すことはなかった。
そのことを考えると、もっと会いに行けばよかった。子育てにかこつけないで、暢と過ごす時間を大切にすればよかったと今頃になって思う。
しかも多佳子が結婚した頃、ずっと暢と親交のあった――多佳子自身も小さい頃から何回か会ったことがある――川西も結婚した。友人の少ない、というよりも暢には親しくしていたと言える友人は川西くらいしかいなかったようだから、暢は随分と寂しい思いをしたに違いない。
こんなことが手に取るようにわかるのは、結局のところ多佳子が未知子の子供だからだ。未知子はいつもたった一人の肉親である暢のことを心配していた。
「暢伯父さんは寂しがりだから、多佳子も伯父さんに会ったら優しくしてあげてね」と言われたときには、大人の男の人が寂しいなんて思うのかとまだ子供だった多佳子は不思議に思っていた。
けれど親を亡くして暢と二人で暮らすようになって、暢の脆い内面を次第に理解するようになった。彼は肉親を本当に愛して、どこまでも温かい愛情で包む。それだけの愛情を抱えているのに、人を愛することができない。愛することが怖くて、そして愛したものを失うことを恐れて、人の心に触れられない。
きっと、普通の中学生や高校生のように初恋に胸を躍らせることもなかったのだろう。それが妹と二人だけという特殊な家庭環境によるものだとしても、悲しいことだと思った。
そんな暢から多佳子と川西の二人が同時に離れて、暢は一人になってしまった。
それからは寂しさを紛らわせるためか暢も色々とやっていたようだったけれど、多佳子は何も言わなかった。会うたびにどこか陰りを見せる瞳に、けれど結局置いていく身の多佳子が何を言うこともできないとわかっていた。
その後、十年に渡って、暢は寂しさを背負いながら荒んだ生活を送っていたようだった。
そんな暢も五十歳を過ぎたあたりから落ち着きを見せ始めた。川西が離婚して独身に戻り、再び暢と親交を持ち始めたのもこの時期らしいことは、後の話から推測できた。
親友、よりももっと深い繋がりを持っているのかもしれない川西を取り戻したことで、暢の精神も落ち着いたのだろう。この頃から暢は少しずつ変わっていった。
それは多佳子を、そして長年暢の傍にいた川西を喜ばせた。
人を愛することに怯えながらも、それでも手を伸ばそうとする暢は痛々しかったけれど、膝を抱えて頑なにうずくまっていた頃よりは遥かにマシだった。それは、閉じこもっていた自分の殻を破ることができた暢がこのとき初めて孤独から解放されたのかもしれない、と多佳子に思わせた。
それを機に暢は今までしがみついていた思い出と決別するかのように、多佳子と暮らした部屋から引っ越した。そして六十五歳で退職してからは川西と同居して、旅行に行ったりながら自分の生活を満喫していた。
まだそれから四年も経っていない。まだまだ楽しみはこれからだったはずなのだ。それなのに暢はこの世から旅立ってしまった。
若い頃から苦労や孤独感と闘ってきて、四十代の頃に荒れた生活を送って、彼はもう身体も心もぼろぼろだったのかもしれない。
昨年から少しずつ暢の体力は落ち、免疫系統も弱まってきていたらしい。大病を患っていたわけでもなく、医師の診断も老衰だったという。老人特有の肺炎を患うこともあったらしいが、最終的には眠るように息を引き取ったということだった。
奥田からの手紙に書かれた最期までの経緯は、多佳子にそう思わせるに十分なものだった。
なぜもっと暢を思いやれなかったのだろう。自分がもらった分の愛情を返してやることができなかったのだろう。自分はいつだって温かく居心地のよい愛情に包まれていたというのに。
後悔ばかりが募る。
「週末にお葬式やるって」
「じゃあ、行ってあげないとね」
母親の後悔を読み取ったわけではないだろうに、秀一は最後に多佳子が見送らないと、と付け足した。多佳子はそうね、皆で行かなきゃねと静かに笑って、目を閉じる。
最後に会ったのは昨年の夏の盆だった。未知子の――多佳子にとっては両親の――墓参りは命日と盆に、多佳子もスケジュール調整して必ず二人で行っていたが、それ以降は多佳子がどうしても無理で二人では行っていなかった。あれ以来顔を見ていないと思うと、自分の親不孝加減に渇いた笑いが漏れる。
それでも多佳子は多佳子なりに暢のことを愛していた。幸せになってほしいと心の底から願うくらい、愛していた。大切な家族だった。
だから、安らかに眠ってほしい。今までの傷を癒やせるまでに安らかな眠りを彼に。
それだけを、ただ祈る。
「暢さん、お休みなさい」