君がいる 第13話
「七時にうちに来てね。三枝さんにも伝えて」
『わかった』
「じゃあ明日」
桜との電話を切ると、すぐに電話が鳴りだした。
「はい、梶です」
『梶か?』
受話器からは聞き慣れた声が聞こえてくる。
「相原、どうした?」
『頼むからお前携帯電話持てよ。捕まらなくて苛々する』
「ほっとけよ。料金かかるだろ。家の電話の方が安上がりだ」
電話の向こうでため息が聞こえた。
『お前いくつなんだよ。本当に主婦っぽいぞ』
「それこそ大きなお世話だ。で、なんだ?」
『買い出しするんだろ。何時頃だ?』
言われて、そういえば相原に手伝ってもらうことになっていたのを思い出す。
「あー、えーと、大体のものは今日買いたいから、……三時頃かな。寒くなる前に行った方がいいだろ?」
『そうだな。じゃあ、三時前にお前ん家に行く』
「わかった。じゃあ後でな」
『ああ』
相原との会話はそれで終わった。
あの日、生徒会室でクリスマスパーティ開催が決まった後、俺たちは場所をどうするかという問題に行き当たった。
結果から言えば、場所は俺の家になったわけだ。
三枝と各務の家は家族のクリスマス団欒に使われるし、もちろん相原の家も同じで。だからといって高校生の身分でお金がそんなにあるわけもない。なるべくお金がかからないようにするには、どっかの場所を借りるなんてことは出来ない。
そこでうちに白羽の矢が立ったのだ。
父親にその話をすると、火の扱いに気をつけてればパーティをしても構わないという返事だった。じゃあ父親はどうするのかと聞けば、
「平日で仕事があるし、会社の方で有志によるパーティがあるからそっちに出る」
そんな風に言い切られた。
その返答になんとなく微妙な気持ちになりつつ、結局はうちでやることに正式に決まったのだった。
ついでに言えば椿が
「玲ちゃんの手料理が食べたいー」
と言ったために、パーティのメイン料理は俺が作ることになった。
それで買い出しをしなければいけないのだけれど、さすがに一人で五、六人分の食材を一度に買うのは無理だから相原に手伝ってもらうことにしたのだった。
「重てーな」
「さすがに五人分もあると辛いな」
ぼやく相原に相づちを打ちながら、買ってきたものが入ったビニール袋をダイニングテーブルの上に置く。さすがにこたえたのか、相原はそのまま椅子に腰掛けた。
「手伝いご苦労さん。何か飲むか?」
駅前のスーパーから歩いて重い荷物を運んだのだから、疲れているはずだ。
「なんか温かいもんがいい」
「ココアにするか? 疲れが少し取れるぞ」
「じゃあそれで」
とりあえず買い物袋はそのままにして、ココアを作ってやる。ついでに自分の分も用意して、二つのカップを電子レンジに入れる。そうして出来上がるまでに袋の中身を冷蔵庫へと移す。
冷蔵庫の前からは見えなかったけれど、賑やかな声が聞こえてきて相原がテレビを付けたのがわかった。
チン、と電子レンジが鳴るのを聞いて一度手を止め、中から取り出してキッチン台に置く。それから相原のものだけ持ってダイニングへ戻った。
テレビの方を向いている相原に声をかけながらテーブルに置いてやる。
「相原、できたぞ」
呼ばれて相原は俺の方を振り向く。
「サンキュー」
相原は俺を見たまま、カップから離されようとしていた俺の手に触れた。
つ、と長袖の内側に指を滑り込ませる。下に向けられた手首を長い指で引っ掻くような仕草をして、手が離れる。
「なっ」
相原の行動の意味がわからないのと少しくすぐったかったこと、それからなんだか相原の手の、指の動きが淫らに見えて、うまく言葉を発することが出来ない。ほんの一瞬のできごとについていけなかった。
俺がおたおたしている間に相原は再びテレビの方に向き直って、のんきにココアを飲んでいる。
「うまい」
なんて言いながら足を組んで何もなかったかのように振る舞う。
それにつっかかることも、問い質すことも出来なくて、結局俺は何も言葉にすることができなかった。
「こんばんはー」
三枝、椿、桜の三人は約束の七時より少し前にやって来た。
「これ手土産だから」
そう言って玄関先で三枝が差し出したのは、シャンパンが入った袋だ。
「うわ、これどうしたんですか? ……未成年なのに」
「うちの親が持たせてくれたんだ。クリスマスのシャンパンくらい飲んだってどうってことないだろ? 大体シャンパンなんかで酔わないよ」
「そんな……」
「まぁまぁ、そのくらい多めに見てやってくれ」
横からとりなすように声をかけてきたのは桜だ。
珍しく三枝を擁護する桜を不思議に見ていると、背後から智也が声を出した。
「とりあえず中に入れば?」
「あ、そうだ。どうぞ」
サンダルに足を乗せて三人が玄関の中に入るのを見届けて、ドアを閉める。外の冷気が遮断されて室内がほのかに温かく感じられた。
そのままドアにもたれ掛かって三枝が靴を脱ぐのを何とは無しに眺める。
「桜君、椿ちゃん、いらっしゃい」
先に上がった二人を智也が出迎えると、桜は手に持っていた紙袋を差し出した。
「智、これ土産」
「あれ、桜ちゃんもなにか持って来てくれたの?」
「玲一……」
渡された袋の中を見て、智也が複雑そうな顔をしている。何だろうと思いながら最後に三枝が家に上がるのを見届けてから、俺も上がって智也から袋を受け取った。
「智也、この人が前生徒会長の三枝さん」
「初めまして、梶智也です」
「三枝陽介です。よろしく。いやぁ噂には聞いてたけど、本当にみんな似てるね」
桜と椿、智也と俺を見ながら気さくに言う三枝に、智也も気負いなく答える。
「よく言われます。特にあの三人はそっくりで、兄弟に間違われたりしますよ」
「智也君はどっちかっていうと各務似だね」
「……各務ってどっちですか?」
「桜の方~」
二人の会話に椿も加わって会話が盛り上がっている。それを背にして、桜の持ってきた袋の中身を見た。そこにはでーんと幅をきかせている酒瓶と、駅前にあるおいしいと評判のパン屋のパンが入れられていた。
「……桜ちゃん、何でクリスマスなのに日本酒なの? しかも一升瓶」
「母さんが持ってけって言うから」
「百合おばさんが? ……おばさんなら、わからなくもないかな」
「あの人どっかおかしいから」
ばっさりと自分の母親を切り捨てる桜に笑って、
「ありがとう。おばさんにもお礼言っておいて。親父が飲めなかった分は料理にでも使うよ」
と言って、三人にリビングへ入るようにすすめる。
智也と三人がリビングのソファに腰掛けるのを見ながら、ダイニングテーブルにもらった二つの袋を置いた。それを見計らったみたいにチャイムが鳴る。
再び玄関に戻ってドアを開けるとそこにいたのは予想通り、相原だった。
「悪い遅くなった。これ、土産」
ずいっとビニール袋を差し出して、相原は急いで靴を脱ぐ。
「サンキュ」
言って袋を受け取り、中を確認して思わず顔をしかめてしまった。それに気がついたのか、どうしたと聞いてくるのにありがとうと苦笑を返すと、その反応に納得がいかなかったらしい。もう一度問いかけてくる。
「なんだよ、言えよ」
「実は、三枝さんと桜ちゃんも持ってきてくれたんだけど、……みんな見事に酒なんだ」
「なるほど」
さすがの相原も苦笑をもらした。
「悪いな。姉さんたちが持ってけってうるさくて」
「種類が違うからいいよ。三枝さんはシャンパン、桜ちゃんたちは日本酒だから、缶酎ハイはよかったけど。……でも何でみんな酒かなぁ」
「はめ外したいんだろう」
「まぁ未成年でも飲めるっちゃあ飲めるけど、どうなのかなぁ」
「そんな気にすんなよ。そういえば、姉さんたちがたまには遊びに来いってさ」
そんな話をしながらリビングに移動すると、ソファに腰掛けている四人が俺たちの方を見た。
「相原遅いぞー」
「遅れてすみません」
挨拶を相原はそのままソファの方に歩いていく。
それに背を向けるようにしてダイニングテーブルに最後の袋を置いた。
「相原も酒持ってきたんですよ」
「なんだ相原もか、うちも母親に押し付けられた」
「日本酒ですって? すごいですね」
賑やかな雰囲気を背に、俺はテーブルに置いた袋をまとめてキッチンへ移動させる。
「じゃあ料理持って行くから、みんな手伝って」
体面式のキッチンからリビングのみんなへ向かって声をかけた。