君がいる 第24話
頭上から降り注ぐ光に俺は目を細めた。なんだか暑さが一段と増したような気がする。
気がつけば季節はあっという間に通りすぎ、既に夏に差し掛かろうとしている。俺たちは三年生に進級し、高校生活最後の一年を過ごし始めていた。
一方で桜たち三人も卒業から三カ月が経って大学生活に慣れてきたみたいで、この間久しぶりに新生徒会に顔を出しに来ていた。
他方の俺と言えば、三月の半ばに開いたパーティの後は終業式、智也の入学準備に追われた春休み、そして入学式、始業式と、慌ただしく過ごした。四月に学校が始まってからも、すぐに進路別のクラス分けやら中間試験があって、なかなかハードな年度の始めだった。
おまけに六月には恒例の生徒会役員選挙があったものだから、相原の周りにいた人間は進級早々なにかと忙しかったのだ。
しかも美原高校では入学式の後に生徒会による新入生歓迎の催しが行われる。例によって生徒会役員でもないのに相原の命令で俺もそれを手伝わされた。ついでに言えば当然のように生徒会選挙の手伝いもさせられた。
あいつは俺を小間使いとでも思っているのだろうか。断ろうと思えば断られないこともないのに、いちいち手伝ってやってる俺も俺なんだけれど。
そうしてその新入生歓迎会で、相原がまたも新一年生の心をいたずらに奪ってしまう場面を俺は目撃することになったのだった。
まぁ、初めて見た生徒会長が――少なくとも表面上は――紳士然としていて、顔も綺麗で、しかも漏れ聞こえてくる話では硬派な学校のアイドルだったら、憧れたりしてしまうのは仕方ないと思う。
実態を知らないというのは恐ろしいことだ。
どっちかと言えば奔放で他人を振り回すところは、知る人ぞ知る相原の唯一の欠点かもしれない。前までなら欠点の中に恋愛が入っていたのだが、硬派になった今、新一年生にはそんなことは知ったことじゃないだろう。
おかげで登校途中の手紙攻撃は変わらずに存在する。といよりももはや伝統になってきているような気さえする。
ちなみに男子生徒からの手紙は相変わらず自分では受け取ろうとはしないから、いまだに俺が受付ポスト役を演じるはめになっている。どう考えても手紙を渡すのは女の子より男の子の方が人数が多いのだから、いい加減自分でどうにかしてほしい。
ただ、相原の褒められるべき点はラブレターを渡してきた女の子に、ちゃんと一人一人丁寧に断りを入れるようになったところだ。以前のたらしっぷりはどこへやら、なんだか人間としてとてもまともになったように見える。しかも最近は彼女がいるという話も聞かない。
人というのは変われるものなのだなと、思わずしんみりしてしまう。などと言うと、やたらと周りから年寄りくさいとか、お前は相原の保護者か、と言われてしまうのだけれど。
そんな相原の近くにいる影響なのか、そのおこぼれなのかはわからないが、最近下級生から俺宛のラブレターが来るようになって困っている。
今は就職のことで手一杯だし、いまだに自分がまともな恋愛が出来るとは思えない。断る以外の選択肢がないのだから受け取るだけ無駄という気もする。けれど、それじゃあ女の子の気持ちを踏みにじることになるかな、なんて考えると無下にも出来ない。
我ながら優柔不断は相変わらずだな、なんて今朝も受け取ってしまった数通の手紙を見ながらため息をついた。
「梶!」
さてどうしたものかと、ふと下を向いたところで後ろから声をかけられた。振り返ればそこにはこの暑さにも関わらず、涼しさすら感じさせるような雰囲気の杉浦がいた。
「おはよう」
「おはよう。珍しいな、一人なんて」
校門の辺りから足早に近づいて来て隣に並んだ杉浦は、相原がいないことを疑問に思ったらしい。
「そうでもないよ。最近は調べ物があるからって俺の方が早く学校来るから」
「待ち合わせとかはしてないのか」
「そんなことしたためしがないな。たいていは同じ電車に乗って鉢合わせって感じだったから」
「そんなもんか」
不思議そうな杉浦にそんなもんだよと答えると、ふぅんと少し意外そうな雰囲気を含んだ答えが返ってくる。
最近では杉浦の少ない表情からも色々な感情が読み取れるようになってきた。そんな杉浦の返事に、けれど俺はあえて言葉を返さなかった。
「調べ物って、就職関係?」
靴箱で上履きに履きかえて、ゆったりと教室に向かう。
「そうだよ。やっぱ色々情報とか仕入れないとさ。ぼやぼやしてるといつの間にか色々終わってそうだし」
「……そうか。大変そうだけどがんばれよ」
「ありがとう」
佐々木のような仲間もいるし、何より自分のためにがんばるだけの力は残っている。
「ところで各務さんとか元気?」
「そっか、杉浦はこの間桜ちゃんたちが生徒会に顔を出したときにいなかったっけ。元気だったよ。三人とも同じ大学だから、毎日楽しいみたいだった」
「そう」
杉浦の少しだけ嬉しそうな顔を見ながら、ついこの間顔を見たにも関わらず、ずいぶんと桜たちのことを懐かしく感じた。
三年生の進級後、進路別クラス分けで俺は相原と出会ってから初めて、相原と別のクラスになった。相原は理系選択で、俺は迷ったあげく無難に文系を選んだ。奥住や仲のよかったやつらはことごとく理系だったから、当然クラスは別になった。
それでも俺のクラス3-10には佐々木や中野、それに杉浦もいるから特に困ることはないのだけれど。何となく今まで隣にいた存在が近くにいないというのが、しっくりこない気がしていた。
「杉浦、昼飯食おう」
「ああ、梶、ちょっと待ってろ」
移動教室から帰ってきたばかりの杉浦は教科書類を机や鞄の中にしまっている。それが終わるのを待っていると、ちょうど友人との昼の待ち合わせに出るところらしい中野に声をかけられた。
「梶君、今年に入ってから杉浦君と仲いいよね。今日も二人でお昼?」
俺も杉浦も弁当派だから、中野に弁当の包みを見せるようにして答える。
「おう。まぁ生徒会関連でな。去年は相原に散々こき使われたおかげで、今の二年の中にも俺が役員だと思ってるやつらがいるんだぞ。そんくらい出入りしてたから」
「はは。そういえば新入生歓迎会も手伝わされたんでしょう」
「そうなんだよ。ひどいだろ。俺は雑用係かよ」
「はっきり言って役員に間違いなかったよな、梶」
弁当を鞄から出しながら杉浦が会話に加わってくる。
「杉浦にもこう言われてるんだぞ」
「そう言われても仕方ないくらい働いてたもんね」
「まぁね」
「そういえば最近は相原君といるとこ見ないね」
ふと無邪気にそんなことを言い出した中野にどきりとする。
「あぁ、まぁな。文系と理系だと全然授業かぶんないから。最近は朝だって別々なことがほとんどだし」
「そうなの? 通りで最近二人でいるところを見なかったわけだ。前もべったりーって感じではなかったけど、何をするにも二人ってとこあったじゃない」
「……そうか?」
自分ではよくわからない。でも言われてみればなにかにつけて二人で行動していたような気もする。そんなことを考えているうちに、廊下から中野が呼ばれた。
「なかのー、置いてくよー?」
「今行く~! 話途中でごめん。じゃあ行くね」
廊下にいる友人に声をかけた中野は、俺と杉浦に声をかけて教室を出ていった。
珍しく教室には他に人がいなくて、中野がいなくなるとそこには俺たち二人しかいなくなった。
「確かにそんな感じがしてたかな」
静かな空間で弁当を持ちながら杉浦が中野の言葉を引き継いだ。
「梶がというよりは、相原が梶を側に置きたがってたって感じかな。ま、これは俺の個人的な意見だけど」
どちらからともなく歩き出して教室を出る。
「まぁそりゃあ、俺がっていうよりは相原だろうよ。大体あいつは人のこといいように使いやがって」
「だったら手伝わなきゃいいじゃないか」
「でも手伝わなかったら手伝わなかったで、後でもっと面倒なことを押し付けられるか、なにかしらの報復がありそう」
「なるほど」
話しているうちにいつも昼食を摂る屋上へたどり着く。適当な場所に座って弁当を広げた。
「そもそもが相原は何考えてるかわからないから、人を無駄に振り回すんだよな」
「そうかもしれないな。でも振り回されてもあんまり嫌な感じを与えないタイプかな。だから人が周りに集まる。梶だってそんなに嫌じゃないだろう」
「嫌だったらとっくに付き合うのは止めてるとは思うけど」
ちら、と杉浦の顔を見る。こういう話をするときの杉浦は表情から感情が読み取りづらい。
「で、最近あんまり一緒にいないのには何か理由があるのか。また喧嘩とか」
杉浦が暗に二月にあったことを言っているとわかって、ぎょっとする。
「頼むからその話は勘弁。もう喧嘩はこりごりだよ。何より桜ちゃんに知られたら今度は」
「確実に相原を抹殺するかな」
思っていたことを面白そうな表情で言われてどきりとする。正直な話、杉浦は何をどこまで知っているのか。気になってしようがないけど、だからと言って正面切って聞けるほどの度胸はない。
「はは、恐いこと言うなよ」
とぼけて言えば、しかし杉浦は笑みを深めて返してきた。
「そうか? ありそうだと思ったんだけど。あの時のあの怒りようを考えると。で、理由はあるのか?」
「え? ……あぁ」
話が戻されたことに気付いて考えてみるけど、特に相原との間に問題があったわけではない。
「生徒会での用がなくなったから、じゃないか?」
ぱっと思い付いたことを言うと、杉浦は意外そうな顔でふぅんと言った。