君がいる 第3話
高校生活が始まって一ヶ月。
相原との付き合いも3年目に入った頃。相原の突然の発言にさすがの俺も開いた口が塞がらなかった。
「生徒会役員~?!」
「そうだ」
「おっ前何考えてんだよ」
昼時の学食は混みすぎていて好きになれず、俺と相原はいつも校舎脇にある花壇の近くにあるベンチで昼食をとっていた。
南に向かってコの字の口を開いた形の校舎の西側に位置するその場所は、五月の日に照らされてとても心地の良い空間だ。なんでそんなのどかな雰囲気のところで、俺が場違いな素っ頓狂な声を上げたかといえば話は数分前にさかのぼる。
いつものように二人でベンチに腰掛け、俺が購買で買ったパンを袋から出して、相原が弁当の蓋を開けているときだった。相原がいかにも普通のことのようにさらっと言ったのだ。
「そうだ、梶。俺、生徒会の役員に立候補することにした」
「は?」
また何を言い出すのやら、と思いながらパンを口に入れたところでようやく事態の重さに気付いた。口からパンが抜け、思わず手から半分ほど袋に入ったままのそれを落としてしまう。そして口から出たのは「生徒会役員~?!」という言葉だけだった。
「何を考えてるもなにも、言っただろ? 全てにおいて一番になるって。学年てものがあるから学校でってのは無理だから、学年で一番になるためのこれは第一歩だ」
「だからなんでそれが生徒会役員に結び付くんだよ。大体生徒会なんて忙しいときは大会前の体育会系の部活くらいやばいんだろ?」
相変わらず俺には理解できない理由を述べる相原に呆れながら、芝生の上に落ちてしまったパンを拾う。
「生徒会といったら優秀な人材が集まるところだろう?」
「だからって選挙は六月半ばだからあと一ヶ月もないし、まだ一年だから票なんて集まらないんじゃ……」
と言ったところでなんだか嫌な予感がした。それを裏付けるかのように相原がニヤリと笑う。
「俺には強い味方がいるからな」
強い味方というのはもちろん、高校でも交友関係を広めようなんてこれっぽっちも思っていない俺ではなく、相原の「彼女たち」だ。懲りもせず――というか相原自身はそれで問題を起こしたことも、問題に巻き込まれたこともないのだから、懲りる訳がないのだけれど――、相原は入学からわずか一ヶ月で既にハーレムを作り上げていた。
そもそも入学式の時点から騒がれていたらしい。俺は相原の近くにいたわけじゃないから詳しいことはよくわからないけど、伝え聞く話ではそうだったようだ。
まぁ確かに女の子が騒ぎたくなるのもわかるのだ。変な焼け方をしていない肌は男にしては綺麗で、短めのサラっとした黒髪に、整った形の鼻と唇、それに切れ長の黒い瞳と細いメタルフレームの眼鏡。背もそこそこ高くて、極めつけに人あたりの良い性格とくれば、女子のランキング上位に入ること間違いなし。
そんなわけで相原の周りに集まる女の子の数は順調に増えてきている。奴も寄ってくる女の子には優しくするし、やっぱり愛をばらまいているからその数は減ることがない。その中には二年や三年もいるようだった。
それに加えて、人あたりもいいのが幸いして中学のとき同様、相原の周りは人が絶えない。クラスメートともしっかり仲良くなっていた。だから男女含めて仲間というかここで言う味方が多いのだ。
「立候補するのは一年か二年だから、当選する確率は高い」
「で、何の委員に立候補するんだ?」
拾ったパンを軽くはたいて俺はもう一度口に突っ込んだ。落ちたのは芝生の上だから大丈夫だろう。
「副会長だ。来年会長に立候補する人がいなければ、前年度の副会長がそのまま会長に繰り上がるからな。というわけで、来週の応援演説頼んだぞ」
「なんだよそれ?!」
もう一度パンを落としそうになるのをなんとか防いで、俺は相原を睨んだ。
「別にいいだろ? 親友なんだから」
そうやって言うやつに限ってその権利を横暴に使うんだ。
そう思ってはいても、なんだかんだ言って協力してしまうわけなのだが。
そして不敵な笑みを浮かべた相原は一ヶ月後、二年の候補を破って見事副会長に就任したのだった。
そんな風に、お互いのことをよく知りつつ、一応親しい仲にも礼儀ありってことでプライベートを尊重して俺達はうまく付き合ってきたのだ。
そして二年生になって迎えた六月、相原は予定通り(?)、生徒会長になった。
去年、会長の補佐として有能だったのが認められたのもあるが、その容姿もあいまって相原は一躍人気者となったのだ。元々、副会長になってからは周りを取り巻く女の子たちの数も増えていた。少なくとも俺らの学年のアイドル的存在かつ雲の上人、だけど親しみやすい友人という微妙だけど多大なる影響力を持つ存在になっていた。
そしてその人気を維持する形で対立候補が出ない中、無事生徒会長になったのだ。前年度副会長とはいえ一応五月末に行われる立候補者演説は行わなければならないため、相原もそれに参加したのだが、俺はあの時の光景は忘れられない。
お決まりの体育館での演説ははっきり言ってつまらない。床に直接座っている俺は、クラスごとの列の一番後ろについて、壁に寄りかかって半分寝ていた。相原の応援演説は前年度の生徒会長である三枝<さえぐさ>が引き受けたので、今年はあの恥ずかしい場に立たずに済んだ。
そんな訳で心地良く浅い眠りを貧っていた俺は、周りからのものすごい声援による空気の振動で、体がびくりと動いて目が醒めた。何事かと辺りを見回してみると相原が舞台に出てきたところだった。
あちこちで「まことくーん!」とか「あいはらー!」ということが叫ばれている。
なんだこれは。
そう思わずにはいられなかった。同じ風に思っていたのか、一年生もぽかんとした顔をしている。
それもそうだ。四月に入ってきたばかりの彼らは相原人気などまだ知るはずもない。行き交う言葉にただただ唖然としている。
そしていきなり遮るようにして相原が喋り出した。意図的に出した低めの声で。
「現副会長を務めている相原です」
そこでにこり、と笑ったらしい。周りの女の子がいっせいに騒ぎ出した。
なんなんだと思ったが、相原の近くにいる俺としてはいつものこと、と再び目を閉じる。 俺は聞いていなかったがその後の演説は生徒の心を掴むのに十分魅力的だったらしく、それだけで相原は一年の心まで射抜いてしまったようだった。
それからというもの試験期間中の今日みたいな日でさえ、相原のファンになってしまった子たちが手紙を持って押しかけてくるようになったのだ。
相原にとって残念なことに、そういう風にやってくるのは皆一年の男子ばかり。初めてその場面に居合わせたときは、腹を抱えて笑いそうになるのを必死にこらえた。まぁそれも相原にはお見通しで、後から釘を痛いほど刺された。
相原は親しくない男、特に年下の男には冷たい。だから手紙を渡しにくる子たちにも、直には手紙を受け取ってやらないという冷たい態度だ。
というのも、末っ子として育った相原にとっては、年下の子らは未知の生物に近いのだ。だからどう扱ってよいかわからないのと、そういう子たちに好かれているのに対する照れ隠しをしようとするのとで、冷たい態度をとらざるをえないのだ。
というのは俺の勝手な想像だから本当のところはどうなのかわからないが、あながち間違ってはいないと思う。
本人は弱点のように感じてるから聞いても答えてはくれないだろうし、どうも隠そうとしてるみたいだからこっちからもあえて聞かないけれど。
でもそんな本人の努力(?)にも関わらず、「相原が年下に弱い」っていうのは既に周りの親しい人には筒抜けで、一年のやつらもそれをわかってて手紙を渡しに来ているのだ。冷たい態度も愛情の裏返しと、めげずに手紙を書いてくるらしい。
お前はひねくれてる上に口が悪いけど、本当は優しい奴だってことくらい皆知ってるんだからな。と俺は隣を歩く男に心の中でだけ話しかけた。