君がいる 第1話
「相原<あいはら>先輩! これ読んでください!」
大勢の声に振り向けば、そこにはこちらに手紙を差し出している十人ほどの男子生徒。その顔はどこか紅潮していて、ある意味危機迫るものがある。
「先輩」と言うところを見れば、彼らは一年生のようだ。
「……だってよ、相原」
振り向いて斜め後ろにいる相原に声をかけると、奴は顔に少しばかり筋を立てて言いくさった。
「お前らいいかげんにしろよ」
手紙を受け取らない気満々の冷たい言いっぷり。それを受けて笑って答えたのは、もちろん一年生ではなく俺だ。
「じゃあ俺が渡しといてやるから」
相原が手紙を受け取らないのはもはや皆が知っていることで、だから彼らも冷たい相原の言動に一々傷ついたりしないらしい。彼らは逞しくもにこにこと笑っている。
ちなみに俺が代わりに受け取るのも周知の事実状態だ。
これも毎朝繰り返される一種の名物行事みたいなもので、特に真新しいことはない。せいぜいが手紙を渡しに来るメンツが日によって変わるくらいで、俺や相原にとってはつまらない日常の一コマだ。
「ありがとうございます!」
俺が言うやいなや、彼らは競うように手紙を渡して、「よろしくお願いします!」と言って仲良く去っていった。
皆顔見知りのようで、なんだか和気あいあいとした雰囲気だ。そんな珍しくもない光景に俺は笑って、またもや振り返る。相原は案の定うんざりしたような顔をして、歩き出そうとしていた。
まぁ朝からあれに追い掛けられるのはあまり気持ちのいいものじゃないのは認める。しかも学校内とかじゃなくて、登校途中の道端となればなおのことだ。相原が毎日の登校をうっとうしく思うのも無理はないと思うのだけれど、あまりにも冷たく見える態度はどうなんだろう。
「行くぞ、梶<かじ>。遅刻する」
「ほらよ、相原」
そう言って相原に並んで歩きながら手紙を差し出すと、一年からは受け取ろうとしなかったそれをあっさりと自分の手に取った。
それを見て「たまには自分で受け取れよ」と至極真っ当なことを言ってやると、「お前が受け取るのが習慣みたいになってるだろ。だったらそれで良いじゃないか」と冷たく返された。
それでもどうせ読むなら自分で受け取れよ、と思うのだが。
そんなまともな思考は相原には通用しないことはわかりきっている。一筋縄では行かないのがこの相原という男なのだ。
「じゃあせめてもう少し優しい態度取ってやれよ、人気生徒会長なんだから」
「なんで俺が年下の男からラブレターもらう上に、そいつらに優しくしなきゃいけないんだよ。女ならともかく。そもそも年下は嫌いなんだ、知ってるだろ。」
ぶすっとした顔で文句を言う相原を見ながら、「けっこう可愛がってるくせに何言ってんだよ。このひねくれ者」と心の中で言ってやる。
そもそもそのぶすっとした顔だって恥ずかしいのを隠してるだけなのはわかってるんだからな、と付け加えることも忘れない。もちろん口には出さないけれど。
言ったところで認めないことはわかりきっているし、何かしらの報復が待っている気がしてならないからだ。
「お前は女の子好きだもんなぁ」
そう言うと今までぶすっとしていた顔が途端にニヤリと歪む。
「俺は誰にでも愛を与えたいと思うんだよ」
わざわざ俺の方を見て口の端を上げて見せる。
くさくってたまらない台詞なのに、眼鏡越の瞳はそれでも本気だと物語っている。
「そういうのは博愛主義者のセリフだろ。なら慕ってくる男にも愛をふりまけ」
「男にふりまく愛なんかない」
こんなやり取りは出会ってから何回しただろう。何回聞いても俺にはいまいち理解できない理屈に呆れながら、俺はため息をつく。
「……はいはい」
真面目な顔で言う相原はこういう奴なのだとわかってるから今更どうでもいいんだけどね。
それでも相原自身はひねくれたところさえ抜けば、いたってまともな人間だと思うから、俺もこうやって奴とつるんでいられるわけで。気がつけば周りからは親友と呼ばれるような仲になっていたのだ。
でも俺はいまだにこの相原が何を考えているのか読めたためしがない。そんな男なのだ。
「さて、今日も一日がんばるぞー」
隣を歩く男は呑気にも大きく伸びをした。それを横目に俺は真剣に思う。
こんな奴に我が都立美原<みはら>高等学校を任せていいのだろうか。
そのことを考えてなんだか不安で一杯になるのは、何も今日が初めてなわけではない。常々思っているのだけれど、よくこんな奴が生徒会長になったと、不思議に思わずにはいられないのだ
そもそも俺、梶玲一<れいいち>が相原慎<まこと>と出会ったのは中学二年のときだ。
二人とも地元の市立中学校に通っていたのだが、初めて同じクラスになったのが二年のときだった。
相原と梶で運が良くも(悪くもか?)、隣の席になったのがきっかけで、確か仲良くなるのにはそう時間はかからなかった気がする。実はあまり詳しくは覚えていないけれど、夏休みに一緒に遊んだりしたことを思えば、多分そうだったのだろう。
その頃には、相原は中学に入って急激に背が伸びたことですでに女子の間で大人気だった。が、奴はその時既に相当のたらしだった。
近づく女の子は皆自分のものよろしく、という行動に男子連中は微妙そうだったが、相原は割と綺麗な顔をしていたし成績もよかったから誰も文句を言えなかったのが実情だろう。実のところ、内心は嫉妬で相原に無駄なライバル意識を燃やしていても、それを出すだけ無駄だと皆わかっていたに違いない。
まぁ実際に相原はいい性格をしているし態度も大きい方だから、それも相原天下の一因だと思う。三年生にも一目置かれていたという話も聞いたことがあるほどの有名人だ。
一方の俺はといえば、中学に入った頃からそこそこの背はあったし、自分でいうのもどうかと思うが顔の方もそこそこ整っていた。
一ヶ月に一度くらいは女の子からの呼出しがあったりもしたけれど、それは全部断っていた。人と付き合うのが面倒臭くて誰とも馴れ合わない一匹狼が板についていたからなのだけれど、どうやらそのせいで俺自身も知らないうちにそこそこ有名人であったらしい。
そんなわけで、中学二年にして有名人同士が隣り合ってしまったということになるらしい。クラスの中では相当目立っていたという話も後から聞いた。俺はそういったことにはあまり関心がなかったので、全然知らなかったのだけれど。
俺は友達を作る気なんてほとんどなかったけど、それでも気がつけば相原とつるむことが多くなっていた。
俺達はなぜかウマがあった。今になって思えば、単に好きな女の子のタイプが真逆だったからかもしれない。
相原は五人家族の末っ子で、姉二人とは年が少し離れているせいか家族の愛情を一身に受けて育ったらしい。結果妙に感じにひねくれた人間になったわけだが、その割にいわゆるわがまま坊っちゃんに育たなかったのは両親の躾の仕方がよかったのだろう、と感心する点でもある。
まぁ、そうして十分過ぎる愛を受けたせいなのかどうか俺は知らないが、愛が有り余っているような人間になってしまったのか、相原は十四歳にして多くの愛をふりまく少年になっていた。
多情とも博愛主義とも言えるが、俺は単純に女たらしだと思う。自分のことを好いてくれる子には(女の子限定だけど)、見ていて不思議なくらい愛情をかけているのがわかる。ただ、誠実でないだけで……。いや、もちろん、それは褒められたことではないんだけど。
相原は常に2~5人の女の子と公然と付き合っているという話だ。たらしにも程があるだろうと思わずツッコミたくなるけれど、意外にもそうした行動以外はまだまともな人間なのだ。
……つまりはまぁ、相原は昔からそういう奴だったのだ。
だけれどそこはそこ。相原には男友達なんかもちゃんといて(というか人とうまくやれるタイプなのだ)、いつもクラスの中心にいるような存在だった。
一方の俺は、家は父親と弟の男ばかりだ。母親は二歳下の弟を産んですぐに亡くなったので、ろくに覚えていない。その影響があるのかないのかはわからないけれど、俺は今まであまりまともな恋愛をしたことがない。
好きになる子はいつも誰か別の人を想って苦しんでいる。そういう子ばかりを好きになってしまう。苦しんでいるのを抱きしめてやりたいなんて思うもんだから、当然ろくなことにはならない。
略奪しようなんてことは考えもつかず、相談にのって相手の背中を押してしまう。失恋以外の結末がない恋愛だ。
別に意図しているわけでもないのに、なぜか惹かれるのは皆そういう子ばかり。つくづくどうしようもない性分だとは思うのだが、どうしようもない。そんな訳で彼女がいたためしなどない。
……改めて考えてみると、なんか俺ってばマゾヒストみたいだよな。
とまぁ、それは置いておいて。そんなこんなで相原と俺は色々と正反対なところを持ち合わせている。だからこそ二人で一人の女を取り合うこともなく、なんだかんだうまくやってきたと思うのだ。
それでも俺は、高校まで同じになるとは思っていなかったけれど。