清想空

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open05.04.12
隣にいる人
バーの暗がりの中で初めて二科を見たとき、痛めつけてみたいと強く思った。
まるで手慰みに玩具に手を伸ばす子供のように性質の悪い気持で二科に近付いたのは、落もそれなりに暇を持て余していたからだったのかもしれない。
 
 
 
落の下で二科の身体が一瞬強張った。
身体を重ねるのは久しぶりにも関わらず、丁寧にほぐすこともしていない。唾液で濡らした指で慣らしただけで、なかば強引に二科の中に自身の性器を納めた。二科が痛がるのは当然だった。
「い、った……あ……」
唇から零れる声もどこか弱々しい。
二科の眉間に皺が寄っている。痛みのために浮かんでくるのだろう汗で、長めの前髪が額に張り付いている。
「一度止めるか」
落のものを銜えている場所はぎちりと音がしそうなほどきつい。このまま進むこともできるが身体を無用に傷つけることは落の本意ではない。
痛いと言いながらも、それでも二科は首を振って落の申し出を拒否した。
「い、い、から。……あっ」
返事を聞くなり、落はそのまま奥まで性器を押し込んだ。二科の身体が衝撃にびくりと反応して、顔が苦しげに歪む。
「は……あ……」
「動くぞ」
「あ、あ、あ、……ああっ」
一声かけてすぐに身体を揺らすと、二科は堪えるような顔でそれでも次第に快感を拾って乱れていく。
我ながらいい趣味をしている。
上から二科の顔を見下ろしながら落は口元をわずかに綻ばせた。
二科がこうしたときに見せる表情がたまらない。痛みを感じているのに、それを堪えてまで二科が落を受け入れているのだと思うと、不思議と気分が高揚してくる。
こんな感覚をもう何度味わっただろうか。
こうして二科が甘い面を見せる度に、落もそれに囚われていくような気がする。少しずつ浸食されて、自分の中の何かが変わっていくような感じがする。
そうだ。まさか二科との間にこんなに甘い何かが介在するようになるとは、落は思ってもいなかったのだ。
 
 
 
二科の想いの象徴だったシルバーのネックレスは、あのやたらと暑かった夏の日に返した。
特に何か特別な理由があって二科に執着していたわけではなかった。
昔からほんの少しサディストの気があった落は、自分の気に入った人間や容姿の整った人間の嫌がる顔や苦しそうな顔が好きだった。強いて言うのならそれが理由だろう。二科ほどの容姿を持つ存在が、落の行為によって顔を歪めるのは見ていて興奮する。
だからと言って本気でサディズムを好んでいるわけではない。あくまでもある種の信頼関係が土台にある上での、プレイの一環として好んでいるだけだ。
もっとも、事の始めから二科との間には信頼関係など存在していなかったのだが。
それ以外に理由があるとすれば、身体の相性がよかったことだろうか。
経験豊富なだけあって二科の身体は柔らかく男を受け入れ、それこそ天国に連れて行ってくれような快感をこちらにもたらしてくれる。
快楽に弱いのか、始めは嫌がっていても身体に欲望を埋め込まれれば感じてしまうらしく、いつも最後にはねだるように腰を揺らしていた。そのギャップが男の嗜虐心をそそるのだが、どうやら本人は気付いていないらしい。
見目良く、身体も良いとなれば十分に楽しめる。しかも相手が嫌がっているとくれば、落の相手としては申し分ない。二科にしてみればそんな風に評価されるのはたまったものではないだろうが。
散々落にいいようにされて、蹂躙されたのだ。怒りを抱いて当然だ。
もっとも二科は二科で、どういう理由かは本人からは聞いていないが、落と身体の関係が続いてしまうのは仕方のないことだと早々に諦めていたようだった。それは落も感じ取っていた。だから奪ったネックレスを盾に関係を強要した。
ネックレスの存在と二科の兄への想いをちらつかせれば、二科が本当の意味では反抗できないとわかっていたからだ。本当に、無邪気な子供が玩具で遊ぶような感覚で、少なくともそのときの落は罪悪感など欠片も持っていなかった。
けれど倒れた二科を見舞ったあの日に、落は唐突に理解したのだ。二科が本当に真剣に彼の兄に対して想いを寄せているのだと。苦しむほどの想いを持っているのだと。
あの日の二科の身体の反応はそれまでとは明らかに違っていた。彼の兄に抱かれていると錯覚していたからだろう。泣きじゃくりながら快楽に叫び、ひっきりなしに腰を揺らしては中に入っている落を締めつけ、今までは比べ物にならないほどの快楽を二科自身にも落にも与えた。
落も子供ではないからわかる。ただのセックスと、気持ちの通じ合ったセックスでは雲泥の差があるのだ。
そのとき二科の反応で、落には二科の奥底にある真剣な気持ちがわかった。そうであるのなら、これ以上その気持ちをネタにするのは憚られた。
しばらくしてから村野に伝えた、真剣な気持ちをいたずらに弄ぶほど悪趣味でもないというのは本心だ。さすがにそこまで人間として堕ちてはいない。
だからこれでもう終わりにするという意思表明として、あの日、ネックレスを返したのだ。
それで二科との、ネックレスと身体だけで繋がっていた関係は終わるはずだった。
少なくとも落は、もう自分から会いに行くことはしない腹積もりだったのだ。
それなのにどういうわけか二科の方から切れた糸をもう一度繋いできて、気が付けば二人の関係も変化を見せていた。
 
 
 
ベッドの中でぐったりとしている二科の額に口付けを落とす。感触に気付いたのか二科の目がうっすらと開いた。
落との行為の後はいつも疲れきってしまう二科も、けれどこうした事後の些細な触れ合いは拒まない。落に散々泣かされている割に、それを甘んじて受け入れているのはそれだけ二科の方にも気持ちがあるということなのだろう。
「ん、もっと」
もう行為に至る気力も体力もないくせに、落の首にするりと腕を巻きつけて軽い口付けをねだってくる。
その仕草が何となくかわいらしく映るのは、やはり二科が年齢に比べてかなり若く、そして美しいからだろうか。思わず望むことは何でもしてやりたくなるような、落には到底似合わないそんな気分になるのもそのせいだろうか。
そんな自分の気持ちに内心苦笑を漏らしつつ、落は望まれるまま額、頬、唇と口付けを落とす。
きちんとした形のある恋人関係になってから九ヵ月半が経ち、二科はどんどん落に甘くなっている気がする。同時に、甘えてくる二科を落自身も愛しく感じるようになってきた。
青天の霹靂、鬼の霍乱などと各方面から――特に共通の友人である村野あたりから――野次を飛ばされそうだが、それを否定する気にはならない。
気位の高い猫みたいに、どこか人に気を許さないところのあった二科が自分の手に自ら落ちてきているのだと思えば、そして自分にだけこうして甘えているのだと思えば、心地良い。
「ん……」
二科の形のいい唇から零れる声も心地良く響く。二科も心地良さそうに、猫が喉を鳴らしているときのような顔をしている。
最後にもう一度だけ唇を長く触れ合わせると満足したのか、二科の腕が離れる。同時に瞼が落ちていき、しばらくして規則正しい寝息が聞こえてきた。
落はベッドに腰掛けて二科の肩を覆うように毛布を引き上げた。
今まではこういう穏やかな関係とは無縁な落だったが、最近になってこれはこれでいいものだと思うようになった。隣にいるのが妙なところで意固地で、肝心なところで素直じゃない二科だからかもしれない。
身体の相性も今までで一番だしな。
そこまで考えて、結局はそれが一番の理由なのかもしれないと思い、落は人の悪い笑みを零した。
せめて互いの努力が続くときまでは、自分の隣で眠る人を大切にしようと、落はそのとき初めて思ったのだった。